恐怖と混乱、虹の舞…野生生物「その瞬間」の写真たち

恐怖で凍りついたかのようなマーモット。一方には、飛びかかろうと身構えるキツネ。混乱と衝撃が伝わってくる、時間を止めたかのような1枚だ。
2019年10月15日、ロンドン自然史博物館が選ぶ「ワイルドライフ・フォトグラファー・オブ・ザ・イヤー」の大賞を、中国の写真家バオ・ヨンチン氏が手にした。
「その瞬間」と題した写真を、バオ氏は中国、チベット高原の牧草地で撮影した。海抜およそ4500メートルの高原は「世界の屋根」とも呼ばれる。審査委員長のロズ・キッドマン・コックス氏はプレスリリースで、この地域で撮られた写真というだけでも「十分に貴重」だとコメントしている。「しかも、この高地の草原地帯で生態系の鍵となる2種、チベットスナギツネとマーモットの関係がわかる迫力ある場面を撮れたというのは、驚くべきことです」
コンテストのもう1つの大賞、「ヤング・ワイルドライフ・フォトグラファー・オブ・ザ・イヤー」に輝いたのは、14歳のクルーズ・エルトマンさんの水中写真。インドネシア沖のレンベ海峡で夜の海に潜り、虹色にきらめくアオリイカを撮った。

この名誉あるコンテストは、今年で55回を数える。「行動」「フォトジャーナリズム」「ポートレート」など19の部門があり、今年は100カ国の写真家たちから4万8000点の応募があった。
ナショナル ジオグラフィックに寄稿する写真家たちも4つの賞を獲得した。「水中」部門ではデビッド・デュビレ氏が、チンアナゴの仲間が海底で作るコロニーの写真で最優秀賞を受賞。チンアナゴの仲間は、砂の中からほぼまっすぐ顔を出す。隠れるのも巧みで、撮影は極めて難しい。「彼らは人間の存在を感じるやいなや、何時間も出てきません」とデュビレ氏。「目の前から完全に消えてしまうのです。まるで水中の蜃気楼です」

デュビレ氏は、巣穴がある範囲の真ん中にカメラを隠し、自分は難破船の後ろに隠れることで、大きなコロニーの撮影に何とか成功した。チンアナゴの仲間が顔を出すと、遠隔操作でシャッターを切った。このショットを撮るのに何日もかかった。
写真家のヤスパー・ドゥースト氏は、人間に利用されるニホンザルの姿を撮り「ワイルドライフ・フォトジャーナリスト・フォトストーリー賞」部門で受賞。サルは、昔の日本では大切にされていたが、今では害獣扱いされたり、人前で芸ができるよう訓練されたりしている。「このシリーズを通じて、人々に身近な動物との関係を考え直してほしいと思いました」と、ドゥースト氏は話している。彼のフォトストーリーは、2020年初めのナショナル ジオグラフィック誌に掲載される予定だ。

グアナコに飛びかかるピューマの写真で「哺乳類の行動」部門の最優秀賞をバオ・ヨンチン氏と分け合ったのは、インゴ・アーント氏だ。パタゴニアの捕食動物に関する特集ギャラリーの一枚として「ナショナル ジオグラフィック」2018年12月号を飾った。

徒歩でピューマを追って7カ月目に撮影したこの写真を、アーント氏は「特集の鍵となる写真」だと話している。グアナコはピューマの主な獲物だが、具体的な狩りの様子がわかる写真はそれまで誰も撮っていなかったと、アーント氏は指摘する。写真のグアナコは、襲ってきた雌のピューマの3倍の体重があり、何とか逃げ切った。
ナショナル ジオグラフィックから受賞した4人目は、チャーリー・ハミルトン・ジェームズ氏。夜のニューヨーク市を走り回るネズミの姿を間近でとらえ、「都会の野生動物」部門で賞を受けた。

「今では『ネズミ男』と呼ばれています」と、ハミルトン・ジェームズ氏。以前はイエローストーンのカワウソをカメラトラップ(自動撮影装置)で撮り、『カワウソ男』と呼ばれていたという。「今のあだ名の方がずっといいですね」
被写体について「ネズミとして普通の行動を取り、ネズミが生きる場所で生きているだけ」だと話す。ハミルトン・ジェームズ氏は、数カ月にわたってネズミを追い、ニューヨークの下水道や地面の割れ目にカメラを向けた。「街のすき間にネズミたちが賢く順応しているのには、見ていて驚かされました」。同氏はニューヨークでの夜の撮影が大好きだったという。
「ネズミを撮り始めてしばらくすると、尊敬の気持ちがわいてきました」とハミルトン・ジェームズ氏。「彼らのことを『愛している』と言うことは決してないでしょうが、とても好きなのは確かです」
次ページでも、野生生物の写真の「最高峰」と言われるコンテストの受賞作品をお届けしよう。写真家がとらえた動物たちの奇跡の一瞬を堪能してほしい。









(文 NATASHA DALY、訳 高野夏美、日経ナショナル ジオグラフィック社)
[ナショナル ジオグラフィック・ニュース 2019年10月17日付け記事を再構成]
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