シリコンバレー、男社会の壁破れ AIで偏見チェック

実力があれば、誰にでもチャンスの扉が開かれる――先進的なイメージのある米シリコンバレーだが、現実は男性優位の文化が女性の前に立ちはだかるという。女性の活躍に力を入れる先進企業の取り組みについて、女性リーダーの育成に詳しい淑徳大学の野村浩子教授がリポートする。

「この募集文では女性差別ととられかねない。修正しなくては」――。ゲーム機器や自動運転技術などの開発で知られるエヌビディアは求人にあたり、文言の確認を慎重に進める。
確認するのは人工知能(AI)だ。シリコンバレー企業の間にも「エンジニアは男性向き」「女性は力強いリーダーに向かない」といったアンコンシャスバイアス(無意識の偏見)がある。AIは文章にバイアスが潜んでいないかどうかくまなくチェックする。
同社はAIの導入後、女性の応募者を6%増やした。応募者が欲しい人材と合致しているか、応募書類で確認するためのAIも独自に開発したという。クラウド上でのデータ保管サービスを手掛けるドロップボックスも、人材公募の文書をAIで確認している。
職場で人と人とのつながりを実感できるような工夫も取り入れる。インテルの社内ホットライン「WARM LINE」には、女性や少数派の社員から「上司との関係に悩んでいる」「今の部署で伸び悩んでいる」といった声が寄せられる。
女性や少数派の社員は100%準備ができていると思えない限り、ポストの公募に手を挙げない傾向があるといわれる。同社のチーフダイバーシティ&インクルージョンオフィサー、バーバラ・ワイさんは「孤立感や心もとなさを抱きがちな女性や少数派の社員に『ここにいてもいい』と安心感を与える環境が必要」とホットラインを開設した。調停役を果たせる社員が電話や対面で一対一の相談に応じ、一歩踏み出すのをためらう社員の背中を押す。
HPは2015年に評価制度を改定し、フィードバックを年4回実施する代わりに、年1回の評価の採点を廃止した。その結果、あまり自分の貢献を主張しない女性や少数派の社員が、上司と円滑にコミュニケーションできるようになり、実績も伸びたという。
さらに「BELONG TO HP」というプログラムを導入した。社員にとって安心できる環境を「自分の意見を聞いてもらえると思える」「個人の成長が重視されている」「ロールモデルがいる」「スポンサーシップがある」といった項目別に達成度を数値で測る。人事主席オフィサーのトレーシー・キーオさんは、プログラムを始めて「約9割の社員が、職場で無理なくふるまえるようになったと感じている」と話す。
社員にとって職場の安全基地になるのが、女性や黒人、ヒスパニック系、LGBTといった少数派が集う社内サークルだ。活動は多岐にわたり、100近くが存在する会社も珍しくない。
サークルの声が社内の制度改革につながる例もある。エヌビディアでは女性サークルから挙がった要望を受けて、子育て支援策を拡充した。育児休業中の女性に対する22週にわたる給与の100%保証や養子縁組の経費の無制限の補助、不妊治療や卵子凍結などへの手厚い補助制度を設けた。
米国企業の関心はもはや、性別や国籍、人種、性的志向、障害の有無にかかわらず差別なく働ける「ダイバーシティ(多様性)」の実現にとどまらない。多様な人たちがそれぞれの持ち味を生かして働き、意思決定に関わる「インクルージョン(包摂)」に重点をおくことが主流である。
特にシリコンバレー企業には近年、ダイバーシティ&インクルージョン(D&I)にイコーリティ(公平性)の視点が加わりつつある。昇進や賃金などの平等を目指すものだ。
ドロップボックスでは公平性を重視する観点から、D&Iの代わりに「DEI」を掲げる。例えば、同じ階層の社員の成果や業績をどう評価したか、マネジャーが集まって振り返りを実施する。男女で差をつけていないかどうかも確認し、必要に応じて評価を修正する。評価者としての取り組みは、人事部がマネジャー自身の査定に反映する。
男女の賃金格差を意識する企業も増えてきた。HPは同一労働同一賃金が実現しているかどうか、性別や人種など属性毎に毎年チェックする。エヌビディアは賃金の公平性について外部機関に調査を依頼している。性別や業務レベル、学歴、業績など75以上の項目で賃金公平性を測り、4年かけて平等を実現したという。
声上げ気付きを促そう ~取材を終えて~
米シリコンバレーにも見えないジェンダーバイアスは根強く残っている。「これまでのキャリアで、ジェンダーの壁に何度突き当たったかわからない」とドロップボックスでコミュニケーション部門統括を務めるリンフア・ウーさんは振り返る。
若いころ勤めた弁護士事務所ではコピー取りを頼まれたり、自分だけ飲み会やゴルフに誘われなかったり。今なお社外の会合で男性が発言すると賛同を得やすいが、女性の発言は顧みられないことが日常茶飯だという。
壁を克服するにはどうしたらいいのか。さりげなく声を上げて気付きを促すことと、力強いメンターやネットワークを支えにして前に進むことだろう。
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