アメリカ館、巨大エアドーム先駆け(古今東西万博考)
1970年・大阪

関西タイムライン
コラム(地域)
2019/11/5 7:00
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アメリカ館のエアドームは従来の2倍近い大きさだった

アメリカ館のエアドームは従来の2倍近い大きさだった

1970年の大阪万博では展示物だけでなく、会場そのものも来場者の注目を集めた。代表例がアメリカ館の「エアドーム」だ。塩化ビニール樹脂製の「膜材」を建屋にかぶせて内部に空気を送りこみ、空気圧で支えて屋根にした。膜材をつり下げるなどしてつくっていた大型テントと異なり、柱がないため大きな空間を確保しやすい。アメリカ館の膜材の使用量は約9500平方メートルと従来のエアドームの2倍近くあった。

大型テント大手の太陽工業(大阪市)が膜材の生産を担当した。同社工場の製造スペースの約10倍もの膜材を用意する、前例のないプロジェクトだった。会場建設地で膜材をつなぎあわせようにも、生産設備は大きく工場から動かせない。そこで、できた生地を折り畳んで運ぶことにした。完成直後の工場は生地で埋めつくされ、社員総出で5日かけて畳んだ。

同社はアメリカ館以外のパビリオンにも膜材を提供し、合わせて20万平方メートルをつくった。万博の受注分だけで当時の年間売上高に匹敵するほどだったという。開催前の60年代後半から建築家や設計事務所に対し、膜材を使った構造物を積極的に宣伝した取り組みなどが受注につながったようだ。

米国では万博をきっかけにエアドーム型の球場が普及した。日本でも太陽工業の膜材を採用した東京ドーム(東京・文京)が完成した。膜材はインテックス大阪(大阪市)や埼玉スタジアム(さいたま市)など、全国の建物に使われるようになった。土砂などを入れるコンテナバッグの素材としても活用されている。万博を支えた太陽工業は現在、大型テントで世界シェアの6割を持つ。

(佐藤遼太郎)

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