ECB新総裁ラガルド氏を待つ難題(The Economist)

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2019/10/28 23:00
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欧州中央銀行(ECB)のサビーヌ・ラウテンシュレーガー専務理事が9月26日、突然、辞任すると発表した。ECBにおけるドイツ出身者としては最も上級の幹部で、任期を2年以上残しての退任表明だった。

ECBの新総裁に就任するラガルド氏(中央)がどんな政策を打ち出すのかドイツは注視している=ロイター

ECBの新総裁に就任するラガルド氏(中央)がどんな政策を打ち出すのかドイツは注視している=ロイター

彼女は辞任の理由を明らかにしなかった。だが、ECBが9月12日に、インフレ目標に近づくまで(といっても2%未満)、国債購入を再開するとした決定に反対していたと報じられている。それが辞任の原因ならば、国債購入を巡る意見対立が原因で理事会メンバーを辞任した3人目のドイツ人ということになる。

2011年5月、当時ドイツ連邦銀行(中央銀行)総裁だったアクセル・ウェーバー氏が任期途中だったが辞任した(ユーロ圏加盟国の中銀総裁はECBの最高意思決定機関の理事会に出席することになっている)。そして翌12年には当時ECB専務理事だったユルゲン・シュタルク氏が、やはり国債購入に反対して辞任している。

民間銀行がECBに預ける際の中銀預金金利をマイナス0.4%から0.5%に引き下げるなどしたECBの直近の景気刺激策を巡る論争は、過熱する一方だ。ドイツなど北部欧州諸国の中銀のメンバー(元メンバーも含む)は、ECBの国債購入再開の決定を厳しく批判している。独タブロイド紙最大手のビルトは、ECBのドラギ総裁が人々の預金を吸いつくしていると非難した。

■ドイツの新たな専務理事はタカ派ではない

ドラギ氏は31日に任期満了を迎え、国際通貨基金(IMF)の専務理事だったクリスティーヌ・ラガルド氏が後任に就任する。

独政府は10月23日、ECBの政策を巡る激しい議論を何とか鎮めたいという思いからか、同政府の経済諮問委員を務めるイザベル・シュナーベル氏が、ラウテンシュレーガー氏の後任に就任すると発表した。

新たにECB専務理事に就任するドイツのシュナベール氏は従来のドイツ人タカ派とは異なるという=AP

新たにECB専務理事に就任するドイツのシュナベール氏は従来のドイツ人タカ派とは異なるという=AP

独ボン大学の教授であるシュナーベル氏は、これまでの抗議の表明として辞任してきた前任者らと比べると、もっと現実主義者のようだ。彼女は、これまで政治家や銀行家に対して彼らが「ECBがみんなの預金を盗み取っている」といった内容の発言をすることの危険性を繰り返し警告してきた。ドイツの日刊紙ハンデルスブラットのインタビューに応じた際は、何でもECBが悪いとスケープゴートのように批判していたのでは、英国のEU(欧州連合)離脱問題のように一般市民の怒りをあおるだけで、問題解決にはつながらないと指摘した。

ラガルド氏は、これまでのような敵対的ではなく融和的なドイツ人がECBの専務理事に就任することをおそらく歓迎するだろう。合わせるとユーロ圏の域内総生産の半分を占めることになる国々の中銀は、こぞって今回のECBの景気刺激策に反対している。とはいえ、英エコノミスト最新号(10月26日号)のデータが印刷所に送られた後に開かれた24日のECB理事会で政策に変更があると予想した経済学者は少なかった(編集注、同理事会は政策の現状維持を決めた)。

各銀行は、マイナス金利をそのまま顧客に負担させるわけにはいかないと考えているため、それだけ利ざやが圧縮されることからマイナス金利の政策は最悪だと捉えている。

■ドイツで二分するラガルド氏への見方

ドイツ最大の貸し手、ドイツ銀行のゼービング最高経営責任者(CEO)によると、懲罰的な金利はやがて金融システムの崩壊を招くという。つまり、ラガルド氏はこれらの批判勢力を説得し、味方につけるという難題に直面している。

ドイツ銀行界の動きを注視してきた人の中には、インフレ抑制を重視するタカ派のワイトマン独連銀総裁をドラギ氏の後任に望んでいた人もいただろう。仏財務相(2007年6月~11年6月)も務めた経験を持つラガルド氏が、物価安定というECBの使命から外れ、国境を超えてユーロ圏加盟国間の格差を是正すべく再分配を進めるような政策を追求し、本来、維持しなければならないECBの政治からの独立性をさらに弱体化させるのではないかと懸念する向きもある。

一方、タカ派の中には、ラガルド氏がECBの政策に変化をもたらすかもしれないと期待を寄せる者もいる。ラガルド氏はECBの戦略を見直すと約束したのだから、景気が浮揚するまで刺激策を打つという取り組みを再考する可能性がある、と受けとめている者もいる。ラガルド氏は経済学者として経験を積んできたわけではないため、ドラギ氏に比べ柔軟性が高いかもしれないと考える向きもある。

■注目されるドイツメディアの評価

ラガルド氏は欧州議会からの質問に対して、78ページにも及ぶ回答書の中で、一般の人々ともっとコミュニケーションを図り、若年層、そして政府や企業から自立して社会と政府の橋渡しをする非政府組織(NGO)やNPOといった市民組織の言うことに耳を傾けることで、ECBへの信頼を回復していきたいと述べた。だがビルト紙は、ラガルド氏が総裁に就任して貯蓄をしているドイツ人にとって生活は向上するのか、という見出しを打った。

ラガルド氏はうまくやっていくかもしれない。だが、ドラギ氏と独メディアの関係がどう変わっていったかも念頭に置くべきだろう。

イタリア人のドラギ氏がECB総裁に就任した8年前の11年、ビルト紙は「生粋のプロイセン人のようだ」と高く評価し、プロイセン風のかぶとをかぶせたドラギ氏の写真を掲載した。

しかしそのわずか1年後、ギリシャ債務危機を前に単一通貨ユーロが崩壊の瀬戸際に追い込まれると、ドラギ氏はユーロ存続のためには「やれることは何でもやる」と発言し、大規模な国債購入に踏み切り、ユーロ崩壊の懸念を払拭した。

だが、これに対しビルト紙は一転、「これ以上、ドイツの金を破産した国々のために使うな、ヘル(ドイツ語でミスター)・ドラギ」と見出しを打ち、プロイセン風かぶとを返却せよ、と通告した。以来、ユーロ圏最大の経済国ドイツとドラギ氏の関係は複雑なままだ。

(c)2019 The Economist Newspaper Limited. October 26, 2019 All rights reserved.

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