大阪弁 溶け込む響きに ドラマや映画「ことば指導」
匠と巧

ドラマや映画の大阪弁のセリフを俳優に指導する。そんな「大阪ことば指導」を手掛けるのが一木美貴子さん(57)だ。大阪出身者が違和感なく聞けて、かつ全国の視聴者も理解しやすい自然な話し方に仕上げる。微妙なさじ加減も求められる仕事に迫った。
「本番、いきます」。スタジオに緊張感が走る。一木さんは別室でスピーカーから流れる俳優の声に耳を傾け、手元の台本の一言一句をペンでなぞりながら真剣な表情で確認する――。
「カット!」。担当部分の方言チェックを終え、一木さんは普通の"大阪のおばちゃん"に戻った。「実は撮影までに、仕事の9割は終えているんですよ」
一連の仕事は台本チェックから始まる。変な言い回しを直し、俳優がリハーサルまでに練習できるよう、大阪弁のセリフを吹き込んだ音源を作る。大阪弁はテンポが大事とされるが、一木さんはあえてゆっくり、感情を入れずに吹き込む。自身も俳優のため「芝居を考えるのは俳優さんの仕事ですから」と一線を引く。
リハーサルでは台本読みと立ち稽古に立ち会う。台本読みで俳優が話す大阪弁を聞き、間違った箇所を指摘し、復習してもらう。完全で正確な大阪弁はときに意味が通じにくい場合もあり、あえて標準語に近づける微調整もする。「私が指導するのは必ずしも『正しい大阪弁』ではない」と一木さんは言う。
堺生まれ、枚方育ち。自身の話し方は「昭和の一般大衆の大阪弁」と位置付ける。地域ごとに抑揚なども異なり、日ごろ使う大阪弁の知識では足りないこともある。そんなときは現地の知り合いに取材したり、古い大阪ことばの事典などで「裏付け」を調べたりし、俳優に尋ねられたときに説明できるようにする。常に持ち歩くB5判ノートの「日記」も仕事道具の一つ。日々であう人や言葉など片っ端からメモにして残す。
方言指導に資格はない。方言指導者の大半は、学者などでなく俳優か元俳優。最終的に俳優にいかにちゃんとしゃべってもらうかが仕事だからだという。
自然な大阪弁を話す秘訣は何か。一木さんによれば、最も違和感があるのは、流ちょうな大阪弁と標準語が交じること。「まぜるな危険。漂白剤と同じです」。極端な抑揚もNGだ。その上で「『自分の芯になる音』を早く見つけて」と助言する。カラオケの調整キーみたいなものらしい。
鼻濁音を使わず「ガ」「グ」と濁音を明瞭に発音するのもコツ。「ネクタイ」を「ネッタイ」、「タクシー」を「タッシー」とする無声化も、標準語に近づくので注意が必要という。
一木さんが大阪ことば指導をした作品は映画やドラマなど計10本。現在、11本目のドラマ「心の傷を癒すということ」(NHK、2020年1月18日~)に取り組む。阪神大震災の被災者の心のケアに奔走した精神科医が主人公。演じる俳優は関西出身や大阪弁の上手な人が多いそうで「今回は私の出番は少なめです」と笑った。(松本勇慈)