球場が呼んでいる(田尾安志)

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金田正一さんが残したもう一つの「大記録」

2019/10/20 3:00
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我が家にテレビがやってきたのは1964年東京五輪の前だった。当時としては早い方で、近所の人たちがよく見にきた。金曜夜のプロレスと人気を二分したのがプロ野球中継で、長嶋茂雄さんや王貞治さんの好打に見入っていた。

当時の放送は巨人戦ばかりで、自然と巨人の選手のプレーに目がいった。だからだろうか、脇役の扱いだった相手投手が長嶋さんらをずばっと抑えると、強く印象に残った。その代表格が、10月6日に亡くなった金田正一さんだった。

ゆったりしたフォームからの剛速球を武器に400勝を挙げた金田正一投手=共同

ゆったりしたフォームからの剛速球を武器に400勝を挙げた金田正一投手=共同

金田さんが国鉄(現ヤクルト)を皮切りに通算400勝の金字塔を打ち立てた源は、ゆったりしたフォームから剛速球を投じたところにあった。打者からすれば、力投型のフォームから来る速い球にはタイミングを合わせやすい。一方でとても速球など来そうにない、力感のないフォームからぴゅっと速い球が来ると、イメージとのギャップからなかなか打てないものだ。

400勝もさることながら、同じくプロ野球記録である365完投にも驚く。55年には62試合に投げて34完投。2019年に最も完投が多かったのが大瀬良大地(広島)の6つだから、まさに桁違いだ。ピッチングマシンがなく今より打ち込む量が少なかった当時は、エース級投手と下位を打つ打者の間にかなり力の差があり、7~9番打者には7、8割の力で投げても打たれなかったはず。そうしてしばしば力を抜けたことも長いイニングを投げられた背景にあったと思うが、それだけで365というとてつもない数字に届くはずもない。

自分を厳しく律して数々の大記録

金田さんは食事にとても気を使い、節制していたと聞く。体も柔らかく、開脚をすれば胸が床に着いた。村田兆治さん(元ロッテ)もそうで、体の手入れをしっかりやったから長年活躍できたのだなと思った。そうして自分を厳しく律する姿勢が、金田さんが数々の大記録を打ち立てた最たる要因だっただろう。

私は中日の若手時代に名古屋の自宅で金田さんからインタビューを受けたことがある。確か朝だったと思うが、妻がお好み焼きを作って出すと、「野球選手がこんなもんじゃ、あかんぞ。給料の3分の1は体にかけなさい」。金田さんの言葉だけに説得力があった。ちなみに、野球に疎かった妻はこの日本が誇る大投手のことを知らず、金田さんが帰った後、「400勝ってすごいの?」と聞いてきた。

金田さんではロッテの監督時代も印象に残っている。試合で園川一美にぶつけられた近鉄のトレーバーが激高、園川を追いかけ回す乱闘事件が起きた。収束したと思ったらロッテから挑発の声が飛んだのか、ベンチに戻りかけたトレーバーが今度はロッテベンチに向かって猛然とダッシュ。勢い余って転倒した際、その頭部に蹴りを入れた人がいた。金田さんだ。宇野勝(元中日など)の「ヘディング事件」と並ぶ、珍プレーの名場面として語り草になっている。

どさくさに紛れてひょいと足を出したのが金田さんだったところがミソで、プロ野球ファンの間で笑いとともに語り継がれてきた。金田さんが監督をしていた頃のパ・リーグはお客さんが入らず、特にロッテが本拠地にした川崎球場はよく閑古鳥が鳴いていた。何とかしてファンの注目を集めようと先頭に立ったのが金田さんで、ベースコーチに立ってしこを踏んだり、奔放な発言をしたり。トレーバーに足を出したのも、目立ってなんぼという計算が働いてのことだったか。

1974年10月、パ・リーグ優勝決定戦で阪急から大量得点し、「カネやんダンス」で喜ぶロッテの金田監督=共同

1974年10月、パ・リーグ優勝決定戦で阪急から大量得点し、「カネやんダンス」で喜ぶロッテの金田監督=共同

お客さんになかなか見てもらえない悲哀は現役時代から感じてきただろう。私が同志社大にいた頃に監督だった渡辺博之さんは50年からプロで活躍したが、阪神入りする際、周りから「あんな職業野球になんか行くな」と言われたという。

当時は大学野球が全盛で、プロは一段低く見られていたと聞いたことがある。同じ年にプロデビューした金田さんも「職業野球」と蔑まれる思いを味わったはずだが、それでも見に来てくれるファンに最高のプレーを見せようと人並み外れた努力をし、その後の球界発展の下地をつくったことは、400勝にも劣らぬ大記録といえるのではないだろうか。

大先輩が築いた土台あっての隆盛

弱小球団のエースとして、強い巨人を倒すことで存在感を示してきた金田さんがその巨人に移籍すると聞いたときは、子ども心に「なぜ」と思った。だが、いつもテレビ中継があり、満員の球場でプレーすることへの憧れを断ち切れなかったのではと思うと、妙に納得できた。

その昔、王さん、金田さん、広岡達朗さんの名前をもじって、「おー、金だ、拾おうか」というフレーズが私の周りではやった。今考えると偉大な先輩方に何と失礼な話かと思うが、それだけプロ野球が日常の生活に入り込んでいったのだといえる。

金田さんらが血のにじむ努力でプロ野球と選手の地位を上げ、現在の球界の隆盛がある。今は下位チームの試合でもたくさんのお客さんが入り、空席だらけだったかつての風景は想像しがたい。大観衆が見守る中でプレーし、十分すぎる年俸をもらうことのありがたさ。大先輩が築いた土台にあぐらをかかず、感謝の思いを胸にこの繁栄を次代につなぐことが、今の野球人に課せられた使命だろう。

(野球評論家)

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