世界につながる発信力を セレッソ大阪・森島寛晃社長
未来像

関西タイムライン
コラム(地域)
2019/10/16 7:01
保存
共有
印刷
その他

■「ミスターセレッソ」ことセレッソ大阪社長の森島寛晃さん(47)は昨年12月、日本代表歴のある元選手として初めてJリーグのクラブの社長に就任した。

2008年に引退した時は「監督としてピッチに戻りたい」と話したが、セレッソのアンバサダーに就任し、メディアに出たり、子どもたちに自分の経験を語ったり、サッカーの現場からは少し離れた仕事に。だが、3年前からチーム統括部にかかわり、また監督への道を歩き始めたと思っていた。正直、社長就任の打診にはびっくりした。

経営の何たるかも知らず、勢いで「お受けします」とは言えない。最初はお断りしたが、何度か会社と話をする中で腹をくくった。前身のヤンマー時代も含めクラブにお世話になって28年。ずっとセレッソを見てきた自分だからできることもあるはず。それを精いっぱいやろうと思った。

社長としてはまだまだ勉強が必要だが、会社の内外でいろんな発見がある。選手がピッチで輝くための準備に、いかに多くの人が動いているか。サポーター、スポンサーの大切さも改めて感じる。Jリーグは地域密着を掲げる。我々のクラブも地元の人たちの、それこそ町を挙げての応援に支えられてきた。

地元の長居で行われた2002年W杯チュニジア戦で先制ゴールを決めた

地元の長居で行われた2002年W杯チュニジア戦で先制ゴールを決めた

■就任以来、ホームタウン活動に力を入れる。スタジアムのある長居(大阪市東住吉区)だけでなく、大阪市、堺市でもっと広く応援の輪が広がることを願い、旗を振る。

セレッソをより身近な存在にしていくためには、地域との連携が大事。長居周辺だけでなく大阪、堺の各区にも浸透し、もっと試合を見にきてもらいたいし、この部分での伸びしろはまだある。担当者は地域のイベントなどに足を運び、何か一緒にできることはないかと常に考えている。

セレッソ(のJリーグ参入)25周年の今季は大阪市立図書館と「読書手帳」のプロジェクトを始めた。読んだ本の感想を記入できる手帳をスポンサー企業の協力を得て制作し、大阪市内の全小学生、約12万人に配布した。50冊読んで図書館に持っていくとステッカーやノート、観戦チケットなどをもらえる仕組みだ。

小学生に手紙を書いてもらうプロジェクトは昨季から始めた。今季は大阪市内の5年生に約2万枚のかもめーるを寄贈し、林間学校などで手紙を書いてもらった。子どもの頃の思い出とセレッソが結びつくとうれしい。これが学力向上のきっかけになれば、大阪全体がよくなる中で、クラブも一緒に成長できる。

■クラブの発信力を重視し、関西はもとより、アジア、世界にも視線を向ける。

大阪市、堺市の商店街で、応援をお願いする活動もしている。大阪の人には独特の熱さ、親しみやすさがあり、選手と一緒に歩き、あいさつすることで、距離感が一気に縮まる。サポーターの人たちも集まり、我々と一緒に歩き、ビラを配ってくれた。選手たちの発信力も改めて感じた。

応援してくれるサポーター、スポンサーの熱い思いに応えるためには、クラブの発信力も重要。サッカーは世界とつながっている。欧州のクラブで活躍する香川真司選手がかつて在籍していた事実は、育成型クラブであるセレッソの価値を高めてくれた。アジアでの存在感はより重要。アジア・チャンピオンズリーグ(ACL)に出られるよう、常にJ1の上位争いに絡んでいく必要がある。

社長自身の発信力はどうかな。現役時代とは体形も変わったので。でも、02年ワールドカップ(W杯)日韓大会の長居で決めたゴールは今でも話題にしてくれる人が多い。ネタなのか「覚えていますよ、あのダイビングヘッド」と言われることも。私が決めたのは足なのに。もう17年前ですからね。

(聞き手は影井幹夫)

もりしま・ひろあき 1972年広島県生まれ。静岡・東海大一高(現東海大静岡翔洋高)から91年ヤンマー(現セレッソ大阪)入り。98年、2002年とワールドカップ2大会出場。08年引退。セレッソのアンバサダーなどを経て、18年社長に就任。
保存
共有
印刷
その他

電子版トップ



[PR]