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MGCで実感 W杯・五輪、日本スポーツ変革の好機

ドーム社長 安田秀一

MGCではコースの沿道に大勢の観客が詰めかけた(右から4人目が岩出玲亜選手)=共同

ラグビーで日本が盛り上がっています。アジアで初めて開催したワールドカップ(W杯)で日本代表が初めて8強入りの快挙を成し遂げました。9月にはもう一つ、大きな盛り上がりがありました。東京五輪の切符がかかったマラソン選考レース「MGC」です。コースの沿道には50万人以上が集まったと言います。米スポーツブランド「アンダーアーマー」の日本総代理店、ドームで社長を務め、米国のスポーツビジネスに詳しい安田秀一氏は、これらのイベントに日本のスポーツの大きな可能性を感じています。

◇   ◇   ◇

9月15日に東京五輪の代表選考会であるマラソングランドチャンピオンシップ(MGC)が開催され、同20日からはラグビーW杯が始まりました。

「マラソン日本一」を決める大会と、「ラグビー世界一」を決める大会。この2つのイベントに触れて、スポーツを商品として捉える「マネタイズ」と、その競技を持続的に発展させる「サステナビリティー」について、あらためて考えさせられました。

MGCにはアンダーアーマー所属の岩出玲亜選手(24)が出場、僕もコースとなった銀座や神宮外苑のゴール地点などで応援しました。男女あわせて40人余りしか出場していない大会なのに、沿道には朝早くから応援の人々でごった返し、大変な盛り上がりでした。短距離であれ長距離であれ、「誰が一番速いのか?」というシンプルなレースはやっぱり面白い。学校の運動会でも、足の速い生徒は誰でもヒーローやヒロインでした。その頂点であるMGCは、日本のスポーツ界に新しい商品ができた瞬間のようにすら感じました。世界中から猛者が集結するラグビーW杯に比べれば、MGCは日本のローカルイベントです。でも、人々を楽しませ、興奮させるパワーはいささかも劣るものではありません。その価値を最大化するように運営すれば、MGCは大きな収益をもたらす大会になると確信しました。むしろ、そうしなければならないとも感じました。

MGCの商品価値に注目を

つまり実態としては、注目度や面白さ、あるいは実際の集客に対して、あまりにも収益源が少なすぎるということです。同時に、42.195キロを占領するマラソン競技における「運営の手間」も観客となって初めて感じました。もう少し説明すると、沿道の集客は日本陸上競技連盟によると50万人を超えたとのことですが、40キロ以上の距離を埋め尽くす50万人の観客を安全にさばくのは並大抵の作業ではありません。一般人を巻き込まないように工夫された沿道を囲う柵、銀座の大通りをせき止め、地下道からの動線を確保する、などなど日本陸連やマラソン競技関係者が積み上げてきたノウハウのすごさを実感しました。

ただ、見方を変えると、「コスト要素」となっている沿道を埋め尽くす集客は、本来は「収益源」であるべきだということです。僕自身、海外のマラソン大会を見たことはありませんが、アルペンスキーのワールドカップを見て大いに感心した経験があります。アルペンスキーもマラソン同様、比較的長いコースをたくさんの観客が取り囲む競技です。そこでは立ち見を含めて、観戦エリアをゾーニングして、観戦費を設定していました。最新の映画を見るのに、無料でしかも早い者順に席をとる映画館など聞いたことないように、高い需要のあるスポーツイベントには応分の観戦費用が伴って当然なわけです。

のみならず、最も見やすいエリアではより大きなスペースが確保されて、一流の料理や高そうなワインを楽しめるVIPエリアが設置されていました。そこでは、ロッキングチェアでゆっくり座りながら観戦ができましたし、真冬の雪山であるにもかかわらず、ジャグジーまで設置されていました。「スポーツを楽しむとは、まさにこのことか!」と欧米人の豊かさを実感したものです。

そんなふうに、マラソンを含めて海外のスポーツイベントを研究すれば、放映権料やスポンサー料のほかにも、MGCでお金を稼ぐためのアイデアはいくらでも出てくるはずです。沿道の観戦に適した場所に有料席を設けてもいい。2階建てバスを先導車にして、そこにVIP席を設ければ、マラソン人気が高い日本ではかなり高額で売れそうです。大事なことはスポーツ競技団体側が大会を商品として自ら開発し、競技の価値を高める取り組みをすることです。MGCはその大会の商品価値の高さ、そしてマラソンという競技の価値を高める可能性を十分に示しました。

同時に、世界のスポーツビジネスシーンでは、オセロの角の取り合いが行われていることを認識しなければなりません。数兆円も資金負担があるとされる東京オリンピックですが、その収益も巨額です。ただし、現状の取り決めで収益が最も多く配分されるのは米国オリンピック・パラリンピック委員会(USOPC)という仕組みになっています。「え?」って思うのも当然だと思いますが、これは過去に破産しかけていた国際オリンピック委員会(IOC)に対して、米NBCが巨額の放映権を支払うことで合意された契約内容が収益配分の根拠になっているからです。批判もありますが、その選択は五輪のサステナビリティーを担保するためのものでした。政治に翻弄され、開催経費は膨れあがり、このままでは五輪自体が存続できなくなるという危機感からIOCは商業化にかじを切ったのです。そして、世界のスポーツはそれに追従し、アマチュアスポーツの祭典とされていた五輪にプロ選手が出場するようになり、人気の高まりはもちろんのこと、競技レベルは一気に上がりました。

日本代表の快進撃もあり、ラグビーW杯は盛り上がっている

アマチュアリズムをかたくなに守ってきたラグビーも1980年代後半からプロ化が進み、87年にW杯が始まりました。以前からラグビーを見ている人なら、30年前と今大会でラグビー選手の体格、パワー、スピードともに格段にレベルアップしていることが分かるでしょう。ここでも商業化の背景には、南半球でプロスポーツとして人気のある13人制ラグビーなどに選手を奪われ、このままでは15人制ラグビーが衰退するという危機感がありました。

五輪と比べればまだ発展途上でしょうが、ラグビーW杯もビジネスとして収益を上げるために綿密に考えて準備、運営されています。

世界では40年前からビジネス化

つまり、世界では生き馬の目を抜くような、スポーツビジネスの戦い、つまりはその権益を確保するべく戦いが繰り広げられているということです。可能性あるイベントをつくり、投資をし、興行化し、マネタイズしているという事実を我々日本人はより認識すべきでしょう。

そんな動きと同様に、ラグビーの国内プロリーグの話も立ち上がっています。ただし、これも海外のリーグ運営からしっかりと詳細を学ぶべきだと思います。ラグビーは年間20試合が限度と言われています。プロ野球の約140試合と比べれば、どれだけ人気が高まっても、サステナビリティーを担保するのはそう簡単ではありません。サッカーの英プレミアリーグは92年に米プロフットボールのNFLなどの運営をモデルに設立、世界で最も繁栄するサッカーリーグとなりました。米国では米4大プロスポーツのいいとこ取りをして生まれた米プロサッカーのメジャーリーグサッカー(MLS)も急成長しています。ラグビー同様、試合数の少ないアメリカンフットボールにおいても、2020年にはNFLとは別のフットボールのプロリーグ、XFLの復活も予定されています。

話は戻って、MGCですが、僕は今後も毎年継続し、収益を上げて陸上界に果実をもたらす大会に育てるべきだと思います。スポンサー企業の業績が悪化し、撤退が相次ぐことで開催が危うくなるようなものにしないためには、海外で成功しているイベントの運営手法を徹底して研究することが大切です。

「スポーツはお金を稼ぐためのものではない」という反論が聞こえてきそうですが、国際陸連のセバスチャン・コー会長は、もう30年以上前に「もはやスポーツの世界では、お金のために競うことがオリンピックで金メダルを取ることよりも重要になってきている」とコメントしています。そんなコー会長は、40年ほど前からスポンサーを数多く引き連れ、一般企業の社長を務め、出場するレースすべてにおいて「出走料」をもらうプロランナーでした。むしろ、「走る実業家」というほうが的確かもしれません。そんな人物が、オリンピックや世界の陸上競技を取り仕切っているのですから、日本だけがアマチュアリズムに引きずられることに、むしろ違和感を覚えるべきでしょう。

約40年も前からビジネス化が加速している世界のスポーツ界。いよいよ来年に迫った東京オリンピックをただ観戦するのではなく、日本を熱狂させるスポーツがしっかりと定着していくように、海外の事例を勉強して「サステナビリティー」を確立する。ぜひ、そんなイメージを持って、2020年を迎えてほしいと思っています。

安田秀一
1969年東京都生まれ。92年法政大文学部卒、三菱商事に入社。96年同社を退社し、ドーム創業。98年に米アンダーアーマーと日本の総代理店契約を結んだ。現在は同社代表取締役。アメリカンフットボールは法政二高時代から始め、キャプテンとして同校を全国ベスト8に導く。大学ではアメフト部主将として常勝の日大に勝利し、大学全日本選抜チームの主将に就く。2016年から18年春まで法政大アメフト部の監督(後に総監督)として同部の改革を指揮した。18年春までスポーツ庁の「日本版NCAA創設に向けた学産官連携協議会」の委員を務めたほか、筑波大の客員教授として同大の運動部改革にも携わる。

(「SPORTSデモクラシー」は毎月掲載します)

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