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ノーベル文学賞に欧州2氏 伝統回帰の背景に危機感

2018年、19年のノーベル文学賞は、ポーランドのオルガ・トカルチュク、オーストリアのペーター・ハントケという、いずれも欧州の作家2人に決まった。文学賞は昨年、選考主体であるスウェーデン・アカデミー関係者の性的暴行事件という不祥事で発表を見送った。今回は選考委員会の体制を一新。アカデミー会員に外部の識者を加えて選考に臨んだが、結果を見る限りは、文学賞がもともと帯びていた、欧州に住むリベラルな読書人の好みへの回帰を改めて印象付けるものだった。

トカルチュク氏は現代ポーランド文学を代表する作家の一人。架空の村を舞台にした小説「プラヴィエクとそのほかの時代」(1996年)で戦争や民族・イデオロギーの対立に翻弄されたポーランドの20世紀を描くなど、壮大かつ緻密な作品群が評価された。ハントケ氏はドイツ、オーストリアで育ち、現在はフランスに在住。60年代から言語実験的な小説、戯曲を数多く発表して注目された。母方のルーツのスロベニアを訪ねる自伝的小説「反復」など、中欧の複雑な民族構成を映した作品も評価が高い。東京大学の沼野充義教授は「欧州では両氏ともによく知られており、受賞に特に驚きはない。英語などとは違って比較的小さな中欧の文化を守ってきた作家に、スウェーデンの選考委員が親近感を持った結果ではないか」と分析する。

サラ・ダニウス前事務局長時代のノーベル文学賞は思い切った選考で話題を呼んできた。15年にはジャーナリストのスベトラーナ・アレクシエービッチ氏に、16年にはロックのシンガーソングライターであるボブ・ディラン氏に授賞。作家や詩人、劇作家に与えてきた同賞の伝統からすれば考えられない結果だった。また17年のカズオ・イシグロ氏は大衆的な人気作家で、これまた受賞にはやや意外感があった。今回はそうした流れがいったん切れ、保守的な選考に戻った感は否めない。

今回刷新された選考委員会のアンデルス・オルソン事務局長は、新しい選考基準に「欧州中心主義から脱却し、世界へと広く視野を広げる」ことを挙げていた。しかし、結果は欧州の独占。現在の欧州は右派ポピュリズムの台頭など、再び民族やナショナリズムで分断されかねない状況にある。そうした現状に対する知識人層の関心や危機感が、関連するテーマを作品に織り込んできた2人を選んだ背景にありそうだ。

オルソン事務局長が挙げたもう一つの基準である「女性作家への注目」は、トカルチュク氏が選ばれたことで、ある程度考慮されたと言えるだろう。ただ、歴代の同賞受賞者116人のうち、女性はトカルチュク氏を含めて15人にすぎない。性別に関係なく優れた書き手を評価する仕組みは、緒に就いたばかりだ。

(郷原信之)

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ノーベル賞

2021年のノーベル賞発表は10月4日の生理学・医学賞からスタート。5日に物理学賞、6日に化学賞、7日に文学賞、8日に平和賞、11日に経済学賞と続きます。

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