画家「呉春」雅号誕生時期に光(展覧会評)

関西タイムライン
2019/10/11 7:00
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京都の裕福な金座役人の長男として生まれ、20代初めから与謝蕪村に俳諧と絵を学び、「月渓」と称した人物がいた。月渓は蕪村から才能を評価され、多くの門人やパトロンに知られるようになる。その頃、京都島原の太夫雛路(ひなじ)を娶(めと)ってもいる。月渓こと松村豊昌の20代は、才能と人に恵まれて順調そのものだった。

ところが月渓が30歳だった天明元年(1781年)、3月に妻が海難事故で死亡、8月に父が亡く…

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