「いちびり」もっと大阪に ユニーク、なにわ大賞の歩み
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関西タイムライン
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2019/10/10 7:01
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関西弁で「いちびり」と呼ばれる大阪らしいユニークな活動をする人を発掘、表彰する「なにわ大賞」が民間主導で創設されてほぼ四半世紀。バブル崩壊後の企業のリストラ、橋下徹大阪府知事登場後の改革、観光ブーム――。22回にのぼる受賞者の顔ぶれをたどると大阪の世相が浮かび上がる。

JR大阪駅桜橋口。通勤客らが意識することなく通りすぎる柱がある。柱には細長い電気が点滅している。「実はこれは時計なんですよ」。日焼けした顔をほころばせながら説明するのは奥村武資さん。

奥村さんは今年の第22回なにわ大賞で準大賞を受けた。「たけちゃんの大阪へーほー散歩」と称するツアーの主宰者だ。「ある旅先のガイドの説明が面白くなかった。その土地を好きになってもらうにはガイドの力量が重要」との思いがあった。大阪駅などを巡る約1時間のツアーは「へー。ほー」と大阪人も感動するほどの驚きが満載だ。

インバウンド(訪日外国人)がうなぎ登りに増え、観光ブームに沸く大阪。「たけちゃん」の受賞は、ガイドの質が観光のカギを握ることを示した格好だ。

「一番の名物は人」

なにわ大賞を主催するのは大阪の異業種交流団体、「なにわ名物開発研究会」。23年前に発足し、その翌年に賞の創設を決めた。

会長の野杁(のいり)育郎さんは「まちづくりに取り組むなかで、一過性のイベントではなく、目に見える名物を作ろうと研究会ができた。『大阪で一番名物になるのは人ではないか』ということで、大阪の頑張っている人を見つけ、みんなでたたえようという思いでできたのがなにわ大賞」と語る。

22回の受賞を振り返ると大阪の歴史も垣間見える。

なにわ大賞第1回の1998年に特別賞を受賞した「和太鼓 雅」。「大阪五輪が実現すれば皆で太鼓をたたきましょう」を合言葉に活動していた。大阪が五輪招致で盛り上がり始めていたころだ。

水都大阪再生の取り組みが国の都市再生プロジェクトに指定された2001年に特別賞を受賞した一本松海運(大阪市)社長の一本松栄さん。地盤沈下の影響などで橋桁の低い橋が多い市内の河川も通ることができる船を建造、大阪名物の先駆けとなった。

活動継続も支援

02年の大賞のOSK日本歌劇団。近畿日本鉄道グループだったが、02年に支援打ち切りと解散が宣告された。「当時はリストラされるOSKの存続運動を支援しようという雰囲気があった」(野杁さん)

日本で最も長い歴史を持つ音楽団の一つ、大阪市音楽団。大阪市直営だったが、14年、橋下市政改革で民営化、同年に大賞を受賞した。

13年の大賞の阪南大学教授の松村嘉久さん。観光が盛り上がり始めていたころ、日雇い労働者のまちのイメージが強かった新今宮をバックパッカーの集まるゲストハウス街に変えようと、ゼミ学生を主体に案内所を運営するなど、まちの変革の礎を築いた。

共生の時代を迎え、16年にカナダ出身で包丁専門店を開店したビヨン・ハイバーグさん、17年にNPO法人インド日本友の会理事長のクンナ・ダッシュさんと外国人が準大賞を受けた。

その後の発展のきっかけとなった受賞もある。第1回に特別賞を受賞した河内ワイン館。河内ワイン(羽曳野市)が97年に開館し、「大阪にもワイン製造、農業があることを知ってもらえるようになった」(野杁さん)。6月に大阪市で開催された20カ国・地域首脳会議(G20大阪サミット)の晩さん会では大阪産のワインが並ぶまでになった。

野杁さんの研究会は大阪府の地域資源活用組織「OSAKAもの・ことづくりラボ」と組み、9月30日、キックオフイベントを開いた。「新しいもの、ことを生む流れをつくっていきたい」。大阪の歴史づくりへ決意を新たにしている。

(野間清尚)

 ▼なにわ名物開発研究会 大阪の地域資源を生かしたビジネスの創出やまちづくりを進めるため1996年7月に民間主体で設立された異業種のネットワーク組織。会員数は約90。毎年7月28日を「なにわの日」とし、この日に大阪弁でお調子者でリーダーシップのある人を意味する「いちびりさん」を表彰する「なにわ大賞」の授賞式を開いている。同研究会にはビジネス開発部会、大阪文化創造部会などがあり、ビジネス創造や文化・歴史の掘り起こし・発信にきめ細かく取り組んでいる。
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