米中対立が促すオープン化

The Economist
2019/10/7 23:00
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資本主義世界の普通の感覚からすると、「オープンソース」のソフトウエアというのはかなり違和感のある概念だろう。

従来のコンピューターソフトは、コンピューターゲームから基本ソフト(OS)まで、他の一般的な製品と同様、競合他社からの詮索をかわしつつ秘密裏に開発が進められ、完成してから消費者に販売される。これに対しオープンソースのソフトは、全く反対のアプローチを取る。コンピューター利用の最初期段階で見られた、研究者同士の協力関係をルーツとするオープンソースの文化では、コードは公共のものであり、誰もが自由に利用し、修正し、共有し、様々な改良を提案して、新たな機能を追加することができる。

その普及はめざましい。オープンソースのソフトは、全世界のウェブサイトの約半数で使われており、スマートフォンも無償公開のOS「アンドロイド」が世界の80%以上に搭載されている。ドイツやブラジルなどの政府は、外国企業への依存度を減らす意味からも政府機関ではオープンソースのソフトを利用することを推奨している。

セキュリティーへの意識が高い向きは、自分が使っているソフトの中身を詳細に検証できることを何よりも高く評価する。

IBMは無償OS「リナックス」対応のソフト開発を手掛けるレッドハットを買収した。写真はレッドハットのホワイトハーストCEOとIBMのロメッティCEO(右)=AP

IBMは無償OS「リナックス」対応のソフト開発を手掛けるレッドハットを買収した。写真はレッドハットのホワイトハーストCEOとIBMのロメッティCEO(右)=AP

オープンソースのソフトを利用して、利益を出すことも可能だ。米IBMは7月、無償公開のOSに対応したソフト開発を手がける米レッドハットを買収するのに340億ドル(約3兆7000億円)を投じた(編集注、同社による買収としては過去最大規模)。レッドハットは無償公開のOS「リナックス」を用いたソフトを企業向けに無料で提供し、更新や保守サービスなど顧客へのサポートやトレーニングといった付随的なサービスで利益を上げている。

■半導体チップにも広がり始めたオープンソース

このビジネスモデルが今、半導体チップにも広がってきた。マイクロチップのオープンソースのデザインセットである「RISC-V」は、もともと米カリフォルニア大学バークレー校で10年ほど前に開発され、最近は米グーグルや米エヌビディア、米クアルコムなど多くの大手IT(情報技術)企業の関心を集めている。(編集注、その理由をエコノミスト誌は今号の別の記事でこう指摘している(1)家電や都市インフラなど様々なものにチップが内蔵されるようになりコストが重要課題となる中、RISC-Vはライセンス料が不要(2)従来ならチップを提供する企業とチップデザインの契約を結ばなければならず、その交渉は半年から場合によっては2年かかるが、RISC-Vでは契約交渉そのものが必要なく、スピード重視のこの業界では大きな強みだ)。

8月にはIBMが、自社開発した半導体チップ「パワーシステムズ」をオープンソースに切り替えた。こうした動きは次の2つの理由から歓迎すべきだろう。

■メリットは大手の牙城に競争が起きる

第1の理由は経済的問題だ。半導体業界は、一部の企業、つまり米半導体大手インテルと英半導体設計大手アームによる寡占化が著しく進んでいる。ソフトバンクグループ傘下のアームは、タブレットやスマホ向けプロセッサー市場で支配的地位を築いており、今急速に進みつつあるあらゆるモノがネットにつながる「IoT」分野でも抜群の存在感を発揮している。だが、RISC-Vなら同社のクローズドソースデザインに対抗できる。

ソフトバンク傘下の英アームは現在、スマホなどのモバイル機器向けの半導体では圧倒的シェアを握るという=ロイター

ソフトバンク傘下の英アームは現在、スマホなどのモバイル機器向けの半導体では圧倒的シェアを握るという=ロイター

また、IBMのパワーは、米インテルが牙城とするデスクトップパソコンやデータセンターの分野に攻め込んでいくだろう。この分野に少しでも競争が起きれば、価格の低下と、技術革新のスピードを上げる可能性がある。

第2の歓迎すべき理由は、地政学的な要因だ。米国と中国は現在、ハイテク冷戦を繰り広げている。コンピューター業界は今や完全にグローバル化しているだけに、両国の対立はこの業界に大きな打撃を与えかねない。もしオープンソースのモデルが広く普及すれば、米中両国はそれぞれ求めるものの少なくとも一部は入手できるようになるため、両国の緊張緩和の一因になるかもしれない。

■第2の利点は特定国の規制や制約受けない

まず中国からみてみよう。米政府は5月、スマホとモバイルネットワーク機器を製造販売する中国の通信機器大手、華為技術(ファーウェイ)を輸出管理法に基づいて安全保障上、懸念のある外国企業のリストに追加した。このことは、中国企業が米国のソフトとハードのデザインをもとに製品を開発していくモデルはリスクがあるということを他の中国企業と中国政府に痛感させた。折しも中国政府がハイテク産業育成策「中国製造2025」を推進しようと、国内生産能力を拡大すべく莫大な投資を進めているさなかのことだ。

オープンソースの部品などは、その供給を受けるにあたり特定の国からの規制や制約を受けにくいという利点がある。中国ネット通販最大手のアリババ集団は7月、RISC-Vをベースとする機械学習用チップを発表した。スマホやその他の様々なデジタル家電を手がける中国の小米(シャオミ)は、歩数や消費カロリーといった基本的なデータを計測するウエアラブル端末(フィットネスバンド)にRISC-Vチップを搭載する計画だ。

アンドロイドがオープンソースでなかったら、ファーウェイは今よりさらに深刻な事態に陥っていただろう。

オープンソースへの動きは他国も関心を寄せている。インド政府は、1年ほど前からRISC-Vの開発に投資している。また、インドは外国への依存度を最小限に抑えるため、技術のエコシステム(生態系)の構築にも力を入れている。非営利団体のRISC-V財団は、自分たちの技術を利用する企業に安心してもらえるよう、本部を米国から中立国のスイスへ移すことにした。

■中国製品への警戒を解く一因にもなり得る

一方、西側諸国の多くは、IT関連の技術分野における中国の台頭を好ましく思っていない。あらゆるコンピューターがネットワークに接続されるなど、社会全体がネットコンピューティングへの依存度を高める中で、中国の製品を採用すると、それが「トロイの木馬」となって、中国の抑圧的な独裁政権に秘密を盗まれたり、下手をすると何らかの破壊工作を仕掛けられたりするのではないかといった不安を感じているのだ。

ここでもオープンソースの技術が流れを変えるきっかけになり得る。中国製品の大半はクローズドソースだ。つまり、中身がどのような仕組みで機能しているのか全くわからないソフトとハードからなるいわば「ブラックボックス」だ。

ハードにもいえることだが、特にソフトの場合、オープンソースのモデルなら、買う前に示された製品説明と実際の中身とを購入者は比較できる。検証が可能な分だけ、安心して使えるということだ。

現在の技術を巡る米中の対立は、超大国と次の超大国を目指す国とが、自国の影響力の大きさを競う戦いだ。全面的な衝突となればその代償は極めて甚大で、他のほとんどの国はどちらの陣営につくかを迫られる。オープンソースコンピューティングは、こうした米中両国の怒りを多少なりとも緩和するのに役立つ。それは誰にとっても良いことなはずだ。

(c)2019 The Economist Newspaper Limited. October 5, 2019 All rights reserved.

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