トランプ氏にかく乱された南北、金正恩氏の一撃
編集委員 峯岸博

北朝鮮
米朝首脳会談
朝鮮半島ファイル
峯岸 博
コラム(国際)
編集委員
2019/10/3 23:00
保存
共有
印刷
その他

9月23日、米ニューヨークで会談するトランプ大統領(右)と韓国の文在寅大統領(聯合=共同)

9月23日、米ニューヨークで会談するトランプ大統領(右)と韓国の文在寅大統領(聯合=共同)

韓国の文在寅(ムン・ジェイン)大統領は後ろ髪を引かれる思いでソウルを離れたに違いない。この数日後、複数の疑惑を抱える側近の曺国(チョ・グク)法相の自宅に検察の家宅捜索が入る。それでもトランプ米大統領への期待が不安を上回った。北朝鮮の平壌でも、金正恩(キム・ジョンウン)委員長率いる指導部が米ニューヨークに視線を注いでいた。朝鮮半島を分ける南北両首脳の思いは重なっている。

消息筋によると、韓国青瓦台(大統領府)は当初、文大統領の国連総会への出席に慎重だった。

9月に入ると風向きが変わった。北朝鮮高官が9日、「9月下旬ごろ」の米国との非核化協議に応じる用意があると表明すると、翌10日に米国でボルトン大統領補佐官の解任が発表された。北朝鮮の全面的な核放棄を制裁解除の前提とする対北朝鮮強硬派の電撃辞任だった。トランプ氏が金正恩氏との年内の首脳会談に意欲を示したのは、ボルトン氏更迭から2日後のことだ。

■「トランプ訪朝」の臆測

9月24日、米ニューヨークの国連本部で、一般討論演説するトランプ大統領(ロイター=共同)

9月24日、米ニューヨークの国連本部で、一般討論演説するトランプ大統領(ロイター=共同)

韓国政府には金正恩氏がトランプ氏に親書を送っていたとの情報が米国から届いていた。金正恩氏が近く訪中する兆候もあった。トランプ氏がニューヨークで平壌訪問に関して爆弾発言するかもしれない――。そんな空気がソウルや平壌に流れた。韓国大統領府は13日、文氏の訪米と米韓首脳会談の開催を発表した。

2月のハノイでの米朝首脳会談は決裂した。米朝ともに2度は失敗できない。次に会談が開かれれば合意に達する可能性が高い。南北経済協力から朝鮮半島の平和体制へと文氏の夢は膨らむ。23日、ニューヨークでトランプ氏と向かい合った文氏は「トランプ大統領の想像力と大胆な決断力に驚かされる」「首脳会談が開かれれば世界史的な大転換、業績になる」とトランプ氏を持ち上げた。

■「空っぽの会談」

その思いは通じなかったようだ。トランプ氏が口にしたのは「私が大統領でなければ今ごろ北朝鮮と戦争をしていただろう」などとお決まりのフレーズばかり。米朝首脳会談どころか非核化をめぐる突っ込んだ議論もなく、韓国メディアは「空っぽの会談」(中央日報)などと報じた。

トランプ氏は翌24日の国連演説でも「北朝鮮は非常に素晴らしい潜在力を秘めている」「北朝鮮が約束した非核化を必ず実現しなければならない」と踏みこまなかった。「トランプは全く変わっていないじゃないか」。平壌に落胆ムードが広がった。

27日、談話を発表した北朝鮮の金桂官(キム・ゲグァン)前第1外務次官は「いまだにワシントンの政界ではわれわれが先に核を放棄すれば明るい未来を得られるという『先に核放棄』の主張が生きている」と米国への不満をあらわにした。

■それでも「トランプ頼り」

米ホワイトハウスで、米韓首脳会談を行うトランプ大統領(左)を見守るボルトン大統領補佐官(右、当時)=2018年5月(AP=共同)

米ホワイトハウスで、米韓首脳会談を行うトランプ大統領(左)を見守るボルトン大統領補佐官(右、当時)=2018年5月(AP=共同)

それでもトランプ氏にだけは「前任者とは異なる政治的感覚と決断力」を持っている人物だと評価し「賢明な選択と勇断に期待をかけたい」と秋波を送った。「トランプ氏とそれ以外を分ける戦術」(北朝鮮関係者)を鮮明にした。

金桂官氏の談話は、水面下の米朝折衝が思うように進んでいないことも物語っていた。にもかかわらず、10月1日、崔善姫(チェ・ソンヒ)第1外務次官は米国と4日に予備折衝し、5日に実務者協議を開くと明らかにした。

この5日間で米朝間に劇的な進展があったとは考えにくい。北朝鮮はトランプ氏にいちるの望みをかけるのだろうか。金正恩氏が「米国の勇断を待つ」と警告し、トランプ米政権に再考を迫る期限に設定した「今年末」まで時間は限られている。

■最大の変数は誰か

北朝鮮が2日行った新型の潜水艦発射弾道ミサイル「北極星3」型の発射実験。朝鮮中央通信が報じた=ロイター

北朝鮮が2日行った新型の潜水艦発射弾道ミサイル「北極星3」型の発射実験。朝鮮中央通信が報じた=ロイター

北朝鮮指導部は金英哲(キム・ヨンチョル)朝鮮労働党副委員長を対米交渉の責任者から外し、米国や核問題を知り尽くす外交専門家を交渉メンバーにそろえた。米朝実務協議の開催合意を発表した翌日に新型の潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)を発射した一撃は対米交渉の号砲だろう。

「金委員長とはとても良好な関係だ。良い合意ができるかもしれないし、できないかもしれない」と語るトランプ氏に対し、平壌の北朝鮮指導部にはもどかしさが募っているという。朝鮮半島情勢の最大の"変数"となったトランプ氏が南北2人の首脳をかく乱しているようだ。

峯岸博(みねぎし・ひろし)
1992年日本経済新聞社入社。政治部を中心に首相官邸、自民党、外務省、旧大蔵省などを取材。2004年~07年ソウル駐在。15年~18年3月末までソウル支局長。2回の日朝首脳会談を平壌で取材した。現在、編集委員兼論説委員。著書に「韓国の憂鬱」、「日韓の断層」(19年5月)。
混迷する日韓関係や朝鮮半島情勢を分析、展望するニューズレター「韓国Watch」を隔週で配信しています。登録はこちら。
https://regist.nikkei.com/ds/setup/briefing.do?me=B002&n_cid=BREFT033
保存
共有
印刷
その他

電子版トップ



[PR]