急成長する中国製薬産業(The Economist)

The Economist
2019/9/30 23:00
保存
共有
印刷
その他

The Economist

北京の資金が潤沢なバイオ企業、百済神州(BeiGene)の新しい研究施設には50万に上る化合物を試験するスクリーニング装置、1万匹の動物がいる動物実験センター、そして昨年、米製薬大手ファイザーの中国法人トップから百済神州の中国事業責任者に転じたウー・シャオビン氏がいる。同社は事業を急拡大しており、特に遺伝子・細胞医療など最先端研究に携わる研究者の数は昨年からほぼ倍増し、雇用も増えている。

中国の製薬会社には海外で臨床試験を進める企業も増えており、2030年にはその水準は米国に追いつくとの見方もある=ロイター

中国の製薬会社には海外で臨床試験を進める企業も増えており、2030年にはその水準は米国に追いつくとの見方もある=ロイター

2010年設立の同社は、急成長する中国医薬品産業を様々な意味で象徴している。ニューヨークの資産運用会社が9月5日、米ナスダック市場に上場している同社が売上高をかさ上げしていると批判したが、同社は不正を否定。投資家はそれを信じたようで、当初17%下落した株価の半分は既に回復している。

株式市場が肯定的に判断したのは、中国製薬業界の将来性を高く評価しているからだ。中国の製薬市場は16年に世界2位に浮上した。市場規模は18年に1370億ドル(約14兆円)と、この6年で倍増した。米国のまだ約4分の1だが、30年には半分に成長すると予測されている。成長の大部分は中国製薬各社によりもたらされる見込みだ。

■今や4億人が高額医療保険に加入する中国

中国製薬業界が変わり始めたのは、中国が医薬品関連の規制を国際水準に合わせ始めたことが大きい。15年以降迅速に進むようになった医薬品の承認プロセスは、米国をモデルにしている。臨床試験の進め方も欧米を基準にしている。中国政府がこれら新規制を発表すると、3000もの後発医薬品の承認申請が取り下げられ、多くの競争力のない企業は排除された。17年以降は国外で進めた臨床試験の結果に基づいて医薬品の承認を得ることも可能になった。

同時に国営病院が15年以降、医薬品を一括調達し始めたことで高額だった後発薬の値下げにもつながった。ある推計では、これで年間約300億ドルをがんの新薬など高額医薬品に振り向けられるようになった。中国では今や約4億人が高額な新薬もカバーする医療保険に入っている。

中国の製薬各社は今、研究開発と研究者に巨額資金を投じている。中国で最先端の医学分野のイノベーションを起こそうと取り組む研究者には、海外の一流大学を卒業した者や、外国の製薬大手に就職したものの「ガラスの天井」を感じて中国に帰国した者が多くいる。13年以降、海外から帰国し、生命科学の分野で働く人は約25万人に上る。

■上海開発区だけでバイオ企業1000社がひしめく

中国高額医薬品市場の急拡大は、中国製薬各社への投資でバブルも招いている。その様子を米コンサルティング大手マッキンゼー・アンド・カンパニーのフランク・ル・ドゥ氏は「まるで(様々な生物が出現した)カンブリア紀のようだ」と言う。ベンチャーキャピタル(VC)と未公開株に投資するファンドが中国のバイオ企業に投資した額は18年、約170億ドルに達したという。その多くは中国国内の資金だ。中国有数の規模を誇る産業開発区である上海張江ハイテク産業開発区のバイオ地区には、今や10年前の10倍に上る1000社以上がひしめく。

中国のバイオの同国医薬品市場に占める比率は12%と、世界平均25%の半分以下だ。バイオ企業の多くは設立間もなく、利益も上げていないが急成長している。今年1~6月に新規株式公開(IPO)したバイオ企業の資金調達額世界トップ10社のうち5社は中国企業で、その調達額合計は約16億ドルに上った。香港証券取引所は昨年、有望な企業にニューヨークやロンドンではなく香港で上場してもらうべく上場ルールを緩和、利益を上げていないバイオ企業でも上場できるようにした。

中国製薬企業の多くは海外で承認された薬か開発の後期段階にある薬を中国市場向けにライセンス生産、販売する形でスタートするが、多くはすぐ独自の開発体制を築く。だが最近は、設立当初から世界を見すえ、特に収益性が見込める米国市場に狙いを定めて創業する企業が多いとル・ドゥ氏は言う。中国企業数社は欧米で最終段階の臨床試験を進めている。中国企業による複数の国・地域で進める臨床試験数は13年の4つから18年は26になった。

百済神州は60の国際臨床試験を今進めている。和黄中国医薬科技が発見、開発した中国初のがん治療薬は現在、米国で臨床試験が進む。がん患者の免疫療法を使った新しい臨床試験数で中国は17年、米国を上回った。

新たなメカニズムによる医薬開発のブレークスルーはめったに起きない。欧米では大学研究機関がバイオのスタートアップのインキュベーターとなっているが、米調査会社サンフォード・C・バーンスタインのシャン・フー氏は、中国の基礎科学を大学研究機関で治療に発展させていくのは始まったばかりだという。だが中国が欧米に追いつくのは時間の問題で、米臨床試験受託のパレクセルのチャン・リー氏は、30年までに追いつく可能性があるという。

■欧米の法外な薬価に圧力かかる可能性も

中国が医薬品で技術革新を起こすようになれば、今の欧米の法外な薬価に圧力がかかる可能性がある。先進的な医薬品を欧米の同等の薬より7割安く販売している中国のバイオ企業もある。上海に新施設を開設するスイスの医薬品生産受託企業ロンザのマルク・ファンク最高経営責任者は、「(それらの中国の医薬品は)品質面で劣っていない」という。

中国の習近平(シー・ジンピン)国家主席は、自国の製薬産業を早急に世界一にしたいと考えている。医薬品は中国のハイテク産業育成策「中国製造2025」にも入っている。中国のある製薬企業トップによると、政府が製薬産業の改革に力を入れるのは他の改革と同様、社会安定のためだ。米国で既に使われている有効な医薬品が中国でなぜ入手できないのか疑問視する患者の数は年々増えている。

白血病患者の実話に基づく昨年のヒット映画「我不是薬神」(邦題「ニセ薬じゃない!」)の公開2週間後、中国の李克強(リー・クォーチャン)首相は当局に安価ながん治療薬を迅速に入手できるよう求めた。

■過大評価の企業もあり、課題は少なくない

だが中国の医薬品業界は今後、壁に直面する恐れがある。第1の懸念は、がん治療に取り組むバイオ企業があまりに多い点だ。後期臨床試験の結果が出るに従い、企業の淘汰が進むだろう。競争の激しい市場では販売にこぎ着けても淘汰されるかもしれない。1社か2社失敗すれば、中国投資家がバイオから手を引く恐れもある。

中国ヘルスケア分野への投資で知られる大手VCの啓明創投のニサ・ロン氏によると、中国投資家がバイオ事業で学ぶべきことは多い。例えば、香港でいち早く上場した複数の企業は過大評価され、株価はその後下落した。和黄中国医薬科技や再鼎医薬(Zai Lab)、百済神州など中国最大手は、バイオ分野に詳しい投資家の助けを借り、ニューヨークかロンドンに上場している。だが全企業にその選択肢があるわけではない。

第2の懸念は、中国の製薬のインフラがまだ脆弱なことだ。国際基準を満たす臨床試験施設は多くあるが、満たさない施設もある。免疫療法関連の薬は製造が難しく、失敗のリスクが高い。習氏や李氏の政治的圧力が、当局や企業に無理を強いるリスクもある。成熟した欧米市場と異なり、品質問題が1件でも起きれば中国のバイオ業界全体の信用を損なう恐れもある。

経済が発展途上にある中国で、このように複雑な産業が誕生、成長していく際、困難に直面するのは避けられない。もし製薬各社が困難を克服できれば、医薬品は「メード・イン・チャイナ」から「中国で発明された」に変わっていくだろう。

(c)2019 The Economist Newspaper Limited. September 28, 2019 All rights reserved.

保存
共有
印刷
その他

電子版トップ



[PR]