「第3の腕」を手に入れる 念じて動くロボットアーム
日経サイエンス
女性が両手で箱を持って、何らかの作業をしている。そこへ左からプラスチックボトルが差し出されると、黒いシャツを着たロボットの腕がすっと動き、ボトルをつかんだ──。
京都府にある国際電気通信基礎技術研究所(ATR)の西尾修一主幹研究員(現大阪大学特任教授)が開発したロボットアームは、利用者の意図を読んで動く。差し出されたボトルを「持ちたい」と念じると、それを脳波から検出し、アームが動く仕組みだ。

脳の活動を読み取って機械を動かすブレイン・マシン・インターフェース(BMI)はこれまで主に、ケガや病気で腕の機能を失った人の義手として研究が進んできた。だが西尾は、健常者が『第3の腕』として使えるものを作ることを目指した。両手がふさがっているときに別の作業をやってくれる、いわば「お手伝いアーム」だ。
問題は、脳のどこで発生するどんな脳波を測定するかだった。BMIでよく使われるのは、手を動かすときに高周波の脳波が発生する「一次運動野」という領域のシグナルだ。検出するには頭蓋内に電極を入れる必要がある。しかし健常者の作業支援なら、手術のいらない、かぶるタイプの簡便な脳波計しか使えない。このタイプの装置はノイズが多く、高周波は検出しにくい。そもそも自分のものではない第3の腕を動かそうとするときに働くのは、果たして運動野だろうか?
西尾氏は15人の被験者の頭の9箇所に電極をつけ、それぞれで周波数の異なる5種類の脳波を測定。両手で箱を持って中のボールを8の字を描くように転がす作業をしてもらいながら、ボトルを出されたら「持ちたい」と念じてもらった。そして、念じたときとそうでないときの強度差が最も大きい電極と脳波を選び、ロボットアームの制御に用いた。
結果は予想外だった。最初、両手での作業をせずにアームの動きを念じてもらったときには、成功率は7割前後を中心とする山形の分布になった。だが両手での作業を加えると、8割くらいの高い成功率で操作できる人と、逆に5割くらいしかうまく操作できない人の2つの山ができた。
うまく操作できる人とできない人は何が違うのか。「正直、よくわからない」と西尾氏は言う。第3の腕でボトルを受け取りたいと思うとき、脳で何が起きているのか。意図する制御に用いた電極や脳波と成功率の間に相関は見られなかった。
「この装置で測る脳波は身体の動きなどに影響されやすく、手の作業の影響を検出している可能性もある」と、臨床用のBMI装置を研究している大阪大学の平田雅之特任教授は指摘する。西尾氏は平田氏と共同でより精密な脳磁計を使って実験し、第3の腕でボトルをつかもうとしたときに脳のどの領域が活動しているかを調べる研究を始めた。
自動車やラケットなどの手足で操作する道具を、自分の身体の延長のように感じることはよくある。「BMIに慣れていけば、例えば壁から出ているロボットアームも、自分の身体のように感じられるようになるかもしれない」と西尾氏は話している。
(詳細は発売中の2019年11月号の日経サイエンスに掲載)