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サッカーW杯、日本V 夢実現へ確かな地殻変動

サッカー日本代表は9月から始まったワールドカップ(W杯)カタール大会アジア2次予選を、10日のミャンマー戦に2-0と快勝して順調に滑り出した。来年の東京オリンピック・パラリンピックを視野に置きつつ、3年後のW杯で新たな歴史をつくる挑戦が始まったわけである。

W杯カタール大会アジア2次予選の初戦でミャンマーに快勝し、タッチを交わす日本イレブン=共同

これまでの日本はW杯アジア予選の最初の試合で苦労することが多かった。前回のロシア大会はシンガポールを相手に、埼玉スタジアムでよもやの0-0の引き分け発進になったくらいである。理由はシンプルだ。初戦ならではの緊張感がある上に、最初の試合ということでコンビネーションも未調整な部分が出てしまう。どうしても硬い試合になってしまうのである。

今回のミャンマー戦は日本国内の環境との違いにも直面したようだ。特に練習環境に差があって、現地入りしてから十分なトレーニングができなかったと聞く。それでも、きちんと落ち着いて、隙なく集中して戦って、勝ち点3を確保したのだから、十分に及第点を与えていいだろう。

統一感あり、安定した試合運び

特に私が感じたのは、チームが一つになっていたということ。現地入りしてから練習場と試合会場のピッチの状況、雨の多い気候を体感しながら「難しい試合になるな」と覚悟したのだろう。そして「そんなことに文句を言っても始まらない」「やるべきことをしっかりやろう」と、吉田麻也(サウサンプトン)や長友佑都(ガラタサライ)らベテランを中心に気持ちをしっかりつくっていったように思う。

その結果、戦い方に統一感があった。スタートから理想的なサッカーを目指すより、まずはノーリスクで試合に入り、ピッチや天候に慣れることを優先する。そういう意図を選手全員の振る舞いから感じた。最初は長めのパスを多く使い、無理にパスをつなぐよりもタッチに逃げるときは逃げるということも徹底していた。そういう配慮がゲームに安定感をもたらしたのだと思う。

前監督の西野朗氏の下でコーチを務めていた森保一監督は、歴代の外国人の代表監督と違って、予選の最初の段階からアジアの戦いも自チームの戦力も熟知している。選手も森保監督の目指すものを理解できている。それもまた戦いぶりに安定感を与えたのだろう。

この試合で81分に中島翔哉(ポルト)と代わった久保建英(マジョルカ)がW杯予選にデビューした。前でタメをつくれる久保建が右MFに入ってから、同じ列のSB酒井宏樹(マルセイユ)が生き生きとオーバーラップするようになった。

中島、南野拓実(ザルツブルク)が挙げた2得点だけでは「寂しい」という意見もあるが、むしろ私はミャンマーの善戦をたたえたいと思った。

この国も他のアジア勢と同じく、近年はサッカーの強化に力を入れている。2014年のU-19(19歳以下)アジア選手権でベスト4に勝ち上がり、翌年のU-20W杯にも出場した。そういう経験を踏まえて選手が成長し、今回の善戦があったのだろう。ちなみに、この夏まで、同国サッカー協会のアカデミー(育成部門)で監督を務めたのは日本から派遣された古賀琢磨氏だった。

久保建(中央)を囲むミャンマーの選手たち。ミャンマーは敗れはしたが善戦だった=共同

ミャンマーがベスト4になった14年のU-19アジア選手権で、日本は準々決勝で北朝鮮にPK戦で敗れ、U-20W杯出場を逃している。そのとき優勝したのは、今年のアジアカップ決勝で日本を下し、初のアジア王者になったカタールである。

振り返ると、このころの日本のユース世代は苦戦続きだった。1995年大会から2年置きに7大会連続でU-20W杯に出場していたのが、07年大会を最後に途切れてしまったのである。以後4大会連続でアジアの壁を越えられず、再び世界の舞台に返り咲いたのは17年大会からだ。

この17年から日本はU-17W杯、U-20W杯とも2大会連続で出場を果たしている。これは日本サッカーにとって初めてのこと。日本サッカー協会の田嶋幸三会長が就任時に掲げた「育成、ニッポンの復活」は十分に成されていると実感する。

ただ、私の中には「まだまだこれから」という気持ちが色濃くある。アンダーエージの2つのW杯には何回も繰り返し出場し、フル代表のW杯で優勝するまで、ずっと世代間の競争を続けさせなければならないと。念頭にあるのは、05年1月の天皇杯決勝の前に、当時の川淵三郎・日本サッカー協会会長が行った「JFA2005年宣言」である。

W杯優勝の目標にエネルギー湧く

この時、川淵さんは2つのことを約束した。一つは15年までに日本サッカー協会と代表が名実ともに世界のトップ10の組織とチームになること。もう一つは50年までに日本でW杯を開催し、優勝すること。

宣言を聞いた時は途方もないことのように聞こえたが、今になってみると、川淵さんはやはりすごいと思ってしまう。この約束がわれわれのエネルギーになり、ビジョンにつながっていると痛感するからだ。

50年までにW杯で優勝するという目標にしても、もっと早く、もっと前倒しで実現したいというエネルギーが私自身は湧いてくる。W杯でいきなり優勝することが難しいのはわかっている。しかし、カタール大会の目標をベスト8に置き、それをクリアできたら26年米国、カナダ、メキシコ共催大会はベスト4、30年大会は優勝を目指し、いろんな策を練って手を打つことは、とても大切なことに思える。

昨年のW杯ロシア大会で西野ジャパンはベスト8に入る寸前まで行った。30年大会の優勝というと、あまりに遠く、また絵空事に思えるかもしれない。しかし、30年大会でも久保建はまだ29歳である。選手として脂がのっているころだろう。

日本は30年W杯での優勝を目指してほしい。その時、久保建(左)は29歳で選手として脂がのっているころだ=共同

久保建が今後、どんな成長曲線を描いていくかは誰にも予想はつかない。が、彼がレアル・マドリードで主役を張れる選手になれば、どうだろう。ロシア大会で準優勝したクロアチアとモドリッチ(レアル・マドリード)が起こしたことを、日本も、と考えるのは夢が過ぎるだろうか。

30年W杯で大きなことをやろうと思えば、それまでにアンダーエージのW杯で優勝することが条件になる気がしている。そちらはフル代表のW杯優勝よりも可能性は高いだろう。2年前のU-17W杯インド大会で日本はベスト16でイングランドに0-0からのPK戦で敗れた。勝ったイングランドはそのまま優勝した。

今年のU-20W杯ポーランド大会のベスト16対決で日本に勝った韓国は、そのまま決勝まで勝ち進んで準優勝した。頂上までの距離は確実に短くなっていて、もう一歩のところまで日本は来ているという実感がある。

私がU-17、U-20のW杯優勝にこだわるのは、そこで絶対の自信をつけさせたいからだ。そうやって国際舞台の優勝経験を積んだ選手と久保建らが一体になって、20代後半に代表チームで最盛期を迎える。そういうイメージを持てば、30年W杯に優勝するメンバーは、もうすでにわれわれの足元にいる感じになる。ぼやぼやしてはいられない。

アンダーエージでもフル代表でも、とにかくW杯の戦いは細胞レベルで選手を覚醒させる。連戦の中で疲労困憊(こんぱい)になっても、ワンプレー、ワンプレーに重みがあるから、心も体も新たなものが体内につくられる感じになる。そういう刺激を受けた者だけが成長を遂げられる。

変わる「谷間の世代」の基準

興味深いのは、現在のU-17代表には、Jリーグでプレーする選手が既に何人もいることだ。西川潤(神奈川・桐光学園高)、半田陸(山形)らがそうだ。G大阪ユースの中村仁郎は高校1年の16歳ながら、ガンバU-23チームの一員としてJ3に出場し、ゴールまで決めている。久保建に刺激を受けたのか、若い才能がどんどん出てきている。静かに、しかし、確実に、大きな地殻変動が日本サッカーに起きているように思う。

今年のU-17W杯はブラジルで10月に開幕する。日本は米国、セネガル、オランダというタフなグループに入ったが、だからこそ乗り越えれば大きな自信になるだろう。

これからは「谷間の世代」の基準も変わる気がする。従来はアジアの壁を越えられず、世界大会に出られなかった選手たちのことを「谷間」と呼んでいた。これからは本大会でどこまで行ったかが基準になる。

実際、U-20代表は17年、19年と2大会連続で、U-17代表も前回は決勝トーナメントに進んだ。10月にU-17代表が再び決勝トーナメントに進めば、もうそこを谷間か否かの基準にしていいだろう。

本大会に出るだけではダメ、1次リーグを突破できなくても基準以下。かなり厳しい注文かもしれないが、サッカー強国はそうやって自分たちでハードルを上げながら今の地位を築いてきた。日本もそういう積み重ねの先に、大きな夢の実現があると思っている。

(サッカー解説者)

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