パナマ運河、気候変動で危機(The Economist)

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2019/9/23 23:00
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パナマ運河の人造湖、ガトゥン湖のダムを上から見渡して、何が欠けているか分かるだろうか。同運河の中間付近に位置するガトゥン湖にはコンテナ船が所在なげに浮かび、大西洋への玄関口となるカリブ海への通航を待っている。湖に浮かぶ島のように見えるのは、湖底から突き出ている丘の頂上だ。米国人技術者らが1世紀前にこの地をせき止め、当時としては世界最大の人造湖をつくった。全ては順調にみえるが、同運河を管理するパナマ運河庁の警備員はある問題を指摘する。ダムの水位が本来あるべき水準より1.8メートル低い、と。

パナマ運河のガトゥン湖を通り大西洋に出ようとする貨物船。干ばつで水位が低下し、普段は水面下に沈んでいる木の幹が姿を現している=AP

パナマ運河のガトゥン湖を通り大西洋に出ようとする貨物船。干ばつで水位が低下し、普段は水面下に沈んでいる木の幹が姿を現している=AP

ガトゥン湖の水はパナマの生命線だ。湖は4月中旬から12月中旬までの雨期の間、乾期に備え雨水をためる。近くにある別の人造湖アラフエラ湖とともに、首都パナマ市に飲料水を供給している。ガトゥン湖はパナマ運河の5分の2を占める。パナマ運河は世界の海上貿易の3%を担い、クルーズ船や時には原子力潜水艦も太平洋と大西洋を結ぶこの近道を行き交う。運河庁はパナマ政府の歳入の8分の1を稼ぎ出す。ダムの現場技術者オスカー・マッケイ氏は「ここでは水がカネになる」と話す。

■深刻な干ばつは、乾期の長期化の兆しか

ガトゥン湖の水面は通常、雨期には標高26.5メートルまで上昇し、乾期が終わる頃には25.9メートルに下がる。だが、乾期が長引くと重大な問題が生じる。水位が24.4メートルを下回ると、船体が湖底をこすらないよう、運河庁は運河を通航できる最大サイズの船「ネオパナマックス」に積載量の制限を課す。24メートルを下回れば、もう少し小さな「パナマックス」船でも湖を出入りする際に水門の底に当たる恐れが生じる。パナマは今年6月、1903年の独立以降で最も深刻な干ばつに襲われ、ガトゥン湖の水位はその水準に迫った。16年には乾期が今年より長引き(干ばつの程度は今年ほど深刻ではなかったが)、この基準を初めて下回った。

パナマ市の人口は増え、運河を通航する船舶も増えているため、水位がその水準まで下がる可能性は高まっている。船が運河の水門を通るたび、ガトゥン湖は2億リットルの水を放出するからだ。乾期には、運河からの放水で水位が月80センチメートル下がることもある。

今年は多くの船舶に積載制限を課したため、運河庁の収入は数百万ドル落ちた。ある幹部は、親指と人さし指をくっつけて、運河の収入の落ち込みは「もっとひどくなっていたかもしれない」と話す。パナマックス船にまで積載制限を課すことは辛うじて回避できたからだという。

7月以降の雨で水位は24.7メートルに上昇したが、不安は和らいでいない。14年以降に相次いだ深刻な干ばつは、乾期が長期化しつつある兆しかもしれないからだ。これが事実なら、パナマ市への水の供給や政府の歳入だけでなく、パナマ運河の貿易の拠点としての役割も脅かされる。運河庁の幹部だったオネシモ・サンチェス氏は「国際サプライチェーン(供給網)では、どれだけの貨物を運河を航行させられるのか安定していることが決め手となる」と指摘する。パナマ運河を通過できる貨物量が不安定になれば、海運各社はコストが高くても別のルートを選ぶようになる。

■今の水位では拡張工事の着手も難しい

気候変動がパナマを脅かしていることに疑問の余地はない。海面の上昇により、カリブ海に浮かぶ人気の観光地であるサンブラス諸島はいずれ水没するだろう。そこには先住民のクナ族数千人が暮らしている。気温が上昇すれば水の蒸発が加速するため、ガトゥン湖の水位は下がる。だが、近年の干ばつを気候変動のせいだと決めつけるのは容易ではない。

パナマの深刻な干ばつは、太平洋の赤道付近で暖かい海水が東へ移動する「エルニーニョ現象」の最盛期に発生している。一方、海面水温が20~30年周期で変動する「太平洋十年規模振動(PDO)」では、エルニーニョ現象をより強くかつ頻繁に起こす温かいフェーズと、海域が相対的に冷たくなるフェーズが入れ替わる。PDOのような周期の長い現象があるために、干ばつのどこまでが気候変動の影響なのか見極めにくい。

しかし、パナマ市の住民は異変をひしひしと感じている。かつては雨期といえば雨は毎日、3~4時間降っていた。だが今では、同じ量の雨が1時間で降る。24時間に降った降水量に基づけば、パナマ市を襲った豪雨上位10件のうち8件は、2000年以降に起きている。それでも運河地域の降水量は、6年連続で平均を下回っている。乾期は長期化しつつあり、今年は平年よりも1カ月早く始まり、1カ月遅く終わった。足元の干ばつは、エルニーニョ現象が弱い年に発生した初の深刻な干ばつだ。

この前代未聞の事態は、気候変動が干ばつの直接の原因であることを示している、と運河庁はみている。運河庁のカルロス・バルガス水・環境部門担当バイスプレジデントは「100%確信できるようになるには100年待つ必要がある」と話す。今は気候変動が犯人でなかったとしても、今後エルニーニョ現象を強め、その結果干ばつが長期化し、深刻化する恐れはある。赤道付近の東部太平洋の海面水温が予想通り他の地域より早くも高くなれば、2100年には強烈なエルニーニョが発生する頻度は10年に1度と現在の2倍に増えるとみる科学者もいる。

水不足は、パナマ運河の拡張計画にも影を落としている。16年には新たな水門を設置し、大型船のネオパナマックス船が通れるようになった。だが、それよりも大きな"超大型船"も通航できるよう、さらなる運河の改修が必要だ。だが、水位が今のように安定しないのでは、作業に着手できないと運河庁の高官は打ち明ける。

■対策としては地元を犠牲にするしかない

干ばつが頻発するようになれば、海運各社は米大陸横断鉄道など、大西洋と太平洋を結ぶもっと確実なルートを好むようになる可能性がある。気候変動の影響で、従来は氷に覆われていた北極圏を通る北西航路が通航可能になるかもしれない。そうなれば中国の上海から米ニューヨーク間の航行距離は、パナマ運河を経由した場合の1万9500キロメートルよりも4000キロメートル短くなる。

運河庁はパナマ運河の未来を守るため、直ちに対策を講じなければならない。バルガス氏は「過去には戻れない」と話す。運河庁は既にガトゥンダムでの水力発電を停止した。パナマ市に水を供給するために3つ目の人造湖を造成する案や、インディオ川からガトゥン湖に水を引き込む案など、水位を上昇させる策を検討している。エラス元環境相は土砂降りのなか、カフェでドリンクを飲みながら「それら全てを実行していかざるを得ないだろう」と語った。ガトゥン湖を掘り下げることは、近くの山が崩れてしまうためできないという。

運河を干ばつから守る措置はいろんな問題を引き起こすことになる。川の流れを変えるプロジェクトは、多くの住民に移住を迫り、川下は水量が減ることで様々な生息環境に悪影響を及ぼすことになるからだ。気候変動が引き起こしている地球規模の大惨事に対し、パナマに残された唯一の道は、地元を犠牲にせざるを得ないということだ。

(c)2019 The Economist Newspaper Limited. September 21, 2019 All rights reserved.

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