東京湾埋立地、江東区に8割帰属 大田区との訴訟判決

2019/9/20 13:49
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中央防波堤埋立地

中央防波堤埋立地

東京五輪・パラリンピックのボート会場もある東京湾の人工島「中央防波堤埋立地」の帰属を巡って東京都大田区が江東区を相手取り、境界線の確認を求めた訴訟で、東京地裁(古田孝夫裁判長)は20日、全体の20.7%が大田区、79.3%が江東区とする判決を言い渡した。40年以上にわたり、住所が定まらなかった土地の帰属問題に初めて司法の判断が下された。

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この人工島は都がゴミ処分場として埋め立ててきた約500ヘクタールの都有地。ボート競技が行われる「海の森水上競技場」など複数の五輪パラ会場も置かれている。判決は五輪会場の区域すべてを江東区とし、港湾施設の整備が進むエリアの帰属を大田区と判断した。

この土地を巡っては17年10月、都の自治紛争処理委員会が86.2%を江東区、13.8%を大田区に帰属させる調停案を提示した。

調停案は現在の各区の海岸線から等距離となる中間線を境界とする考え方で、江東区は受諾したが大田区は「過去に埋め立てで面積を増やした自治体ばかりが有利になる」と反発して受諾を拒否、訴訟に発展していた。

古田裁判長は基本的には調停案と同様に中間線を一つの基準とする一方、利用の状況ごとに土地を色分けする形での区分を提示した。

調停案では五輪の会場は両区にまたがる形となっていたが、判決は「一体として江東区に帰属させるべきだ」と判断した。コンテナのターミナルなど埠頭機能の整備が進むエリアについても同様に「同一区に帰属させるのが相当」とし、結果として調停案よりも大田区の土地が拡大した。

帰属争いの発端は都による埋め立ての始まった1973年にまで遡る。当初は両区のほか中央区、港区、品川区の計5区が帰属を主張。暫定的に行政事務を江東区が担うことが決められたが、正式な帰属先は決定しないまま時間が経過した。

江東、大田以外の3区は2002年に主張を取り下げた。以後も「江戸時代以来、大田の漁師がノリの養殖を行ってきた」とする大田区、「この埋め立て地に向かうゴミの運搬車が通る中、住民は渋滞や悪臭に耐えてきた」とこれまでの負担の大きさを訴える江東区が対立を続けてきた。

埋め立て地を手にすることのメリットは何か。東京23区の各特別区は固定資産税などの収入がなく、土地が広がってもただちに税収増に直結しない。だが埋め立て地には五輪会場もある。両区とも会場への観光客などの流入や企業立地など将来の経済効果を見込む。

大田区は物流拠点としての機能強化や企業誘致などを目指し、江東区はスポーツなどのにぎわい拠点構想を掲げてきた。

東京湾の埋め立て地を巡っては過去にも「大井埠頭」や「お台場地区」について各区の間で帰属が争われた。いずれも都の自治紛争処理委が調停した。

地方自治法は自治体の境界について「従来の区域」と規定するのみで、具体的な基準はない。

最高裁判例ではまず江戸時代における地域の支配・管理・利用等の状況を調べ、それでも境界が定まらない場合は「歴史的沿革や行政権行使の実情、住民の社会・経済上の便益、自然条件などを考慮」して境界を決めると判示している。

自治体の境界争いが法廷に持ち込まれたケースとしては、沖縄県那覇市と豊見城市が空港の滑走路用の埋め立て地の帰属を争った例や、筑波山(茨城県)の山頂の土地境界線の画定を求めた例がある。

大田区の松原忠義区長は20日の判決を受け、「区のこれまでの主張がどのように判断されているか、今後十分に精査する」とのコメントを発表。江東区の山崎孝明区長は「(都の調停案よりも同区の帰属分が減った内容で)判決は大きな驚きだ。江東区の歴史的経緯を評価されていない」とコメントした。

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