SNSに炎上動画や同僚中傷 モンスター部下どう対処
フェリタス社会保険労務士法人代表 石川弘子(1)

あり得ないようなトラブルを巻き起こす「モンスター部下」が最近増えているという。相談をよく受ける社会保険労務士の石川弘子氏は、その実態と対処法を近著「モンスター部下」(日経プレミアシリーズ)にまとめた。石川氏が相談を受けたモンスター部下の実態を同書から紹介する。
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創業20年のオフィス機器をリースする会社。20代から30代の社員が多く、飲み会やバーベキューなど社内レクリエーションも多い。
登場人物
T田:20代半ばの男性営業社員。お酒好きで、お調子者。営業成績は悪くないが、事務処理が苦手で、締め切りにルーズなため、営業事務の社員からは評判が悪い。
H坂課長:40代前半の営業課長でT田の上司。妻と小学生の子供を持ち、仕事も家庭も順調。冷静で常識的な人物だが、小心者なところがある。
R子:30代後半の女性社員。営業事務を担当しており、ルーズなT田に手を焼いている。夫と二人暮らしで、夫婦仲は良好。
ある日LINEでまわってきた、トンデモ宴会画像
「課長、ちょっといいですか? T田さんのことでお話ししたいことがあって……」
月曜の朝、H坂は出勤するとすぐに営業事務のR子から声をかけられた。R子はベテランの女性社員で、営業事務社員のリーダー的存在だ。
(またT田が何かやらかしたか?)T田はH坂の部下の営業社員だが、事務処理がルーズでしょっちゅう事務担当の社員から怒られていた。恐らくまたT田に対する文句だろうと思い、R子を会議室に通した。
「実は、先週金曜の歓迎会の時の画像が回ってきたのですが、これってセクハラだと思うんです。見てください」
意外な話に驚いたH坂は、R子が出したスマートフォンの画面を覗き込んだ。T田がほぼ全裸でお盆を局部に当てている写真があり、どうやら営業所内のメンバーに送ってきたものらしい。
「私は金曜に用事があって、歓迎会に出ていなかったのですが、その時の様子を写した写真だそうです」
「見たくもない裸の写真を見せられて、本当に気持ち悪いです。これはセクハラです。止めさせてください」
H坂も歓迎会には参加したが、妻が風邪を引いて寝込んでいたため、早めに帰ったので裸になった経緯は分からない。しかし、お調子者のT田が酔って脱ぎだしたことは、安易に想像できた。(全く、学生じゃあるまいし……)とH坂は思いつつも、R子が過剰に反応しているようにも思えた。
「しょうがないな、T田は……。でも、あいつも悪気があったわけじゃないから」とH坂が笑いながら言うと、R子はムッとした。
「悪気があるとかないとかじゃなくて、嫌がっている人がいるんだから、セクハラですよ!」
R子の強い口調に驚いたH坂は、「とりあえず、T田には言っておくから」と何とかR子をなだめた。
SNSをきっかけに取引先から契約解除の依頼が
H坂から注意を受けたT田は納得がいかない様子だった。
「宴会を盛り上げただけですよ。それに、別に女性を触ったわけじゃないし、俺が勝手に脱いだだけだし、問題ないんじゃないですか?」
「いや、お前の裸なんか誰も見たくないだろ。女性社員に送ったらヒンシュクだぞ?」
実はH坂も本音ではR子が少し過剰に反応していると思っていたので、笑いながらT田を叱責した。T田も、「えー? 俺の若い肉体を見て喜ばない女子もいるんですかね?」など、冗談めかして笑っていた。「とにかく、そういったものに過剰に反応する女性もいるから、気を付けるように」と軽く注意をして終わった。
数日後、取引先のある会社の総務部長からH坂に電話が入った。
「申し訳ないのですが、今月で御社との契約は解除させてください」
何の説明もなく、淡々とした口調で突然言われたH坂は驚いた。
「いや、ちょっと待ってください。突然どうしてですか? 何か事情があるのでしょうか?」
相手の総務部長は、冷静だが若干怒りを含んだ口調で理由を告げた。
「御社の営業のT田さんのとんでもない動画がSNSに出ていますよ。宴会の様子だと思いますが……」
「弊社も昨今はコンプライアンスを重視していますし、こういった動画を載せる社員がいるような会社さんとのお取引は続けられません」
何の話だかさっぱり分からなかったH坂は、相手に問題のSNSについて教えてもらい、即座に確認した。すると、T田が先日の宴会での様子を個人のSNSにアップしていたのだった。しかも、動画の内容は、T田が全裸で局部をお盆で隠しながら、ふざけて踊っているものだ。
そこには、他の社員が大笑いしている様子も写っており、知っている人が見れば、Aリース社の宴会であることはすぐに分かるものだ。
他の人のコメントを見ると、
「うけるー!」
という内容から、
「今どき宴会でこんなことしている会社ってどうなの?」
「これってセクハラじゃないの? 会社の質を疑うわー」
といったものもある。
社内の人間に画像が回っただけならまだしも、不特定多数が見るようなネット上に動画がアップされているとなると、大変な問題だ。ニュースで見たアルバイトの「バカッター」問題を思い浮かべたH坂は、真っ青になった。
*バカッター……ツイッターの利用者が自らの反社会的行動を世間に晒し出す行為。飲食店のアルバイトが業務用の冷凍庫に寝そべってはしゃぐ写真などを投稿して、店が廃業に追い込まれた事件などがある。
サイトの掲示板に会社の悪口を投稿
H坂は、すぐにT田の他の投稿なども確認した。すると、T田が別のサイトの掲示板に頻繁に投稿していることが判明した。その掲示板を覗いてみると、明らかにT田の書き込みと思われるものがいくつか見つかった。そこには、会社への誹謗中傷や同僚に対する悪口が書き込まれていた。一部は伏字になっているが、社内の人間が見れば明らかに自社のことで誰を指しているかが分かるような内容だ。
「同僚のR〇って女の性格がマジで最悪。更年期入ってるから、ヒステリー半端ない」
「〇子が宴会の写真にセクハラとかケチつけてきたらしい。オバサンのくせに自意識過剰だよな」
(こんなものが表に出たら大変だ。すぐに対処しないと)と不安になったH坂はすぐに人事部に相談した。人事部の社員が早速T田に聞き取り調査を行い、投稿はすべて削除させ、懲戒処分とした。
T田は最後まで不服そうだったが、最終的には「今後は仕事に関する投稿は一切しない」という誓約書をしぶしぶ提出した。
SNSトラブルを防ぐためにできること
社員のSNSトラブルが増加している。ちょっと考えれば、不特定多数の人が見るネット上に誹謗中傷や問題ある画像・動画等を投稿すればどのようなことになるか分かりそうなものだが、こういったトラブルはいまだになくならない。自身の言動が世間にどう見られるのかという感覚や、ごく一般的なモラルが欠如しているのだ。
最近は新入社員研修でSNSの使い方などを教えている会社もある。「そんなのは常識的に分かる」「ちょっと考えれば、どんなことになるか分かる」として野放しにしていると、思わぬトラブルに発展する可能性がある。事前にしっかりと対策を取っておくことが必要だ。
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