天皇陛下、高御座から宣言 10月の即位式典、平成踏襲

2019/9/18 16:26
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政府は18日、天皇陛下の即位に関する式典の細目を決めた。即位を国内外に宣言する10月22日の「即位礼正殿の儀」には平成時を上回る190以上の国や国際機関の代表が参列する見通しだ。各式典の段取りは現行憲法下で初めて実施した平成の代替わりをほぼ踏襲する。伝統を考慮しつつ憲法との整合性や皇室の負担軽減に配慮した式典とする。

平成の即位礼での上皇さまと高御座(1990年11月12日、皇居・宮殿)

平成の即位礼での上皇さまと高御座(1990年11月12日、皇居・宮殿)

首相官邸で開いた皇位継承に関する式典委員会(委員長・安倍晋三首相)で各式典の式次第を了承した。首相は会合で「世界各国から賓客の受け入れに万全を期し、儀式が円滑に厳粛に行われるよう政府一丸で万全を尽くす」と述べた。

即位に関する式典は歴代天皇に伝わる神器を引き継ぐ5月1日の「剣璽等承継の儀」から始まった。10月は即位礼正殿の儀や即位礼の後に都内で催すパレード「祝賀御列の儀」など主に4つの式典がある。

最初の式典は10月22日の即位礼正殿の儀だ。午後1時から30分間、皇居・宮殿で最も格式が高いとされる「松の間」で開く。

黄櫨染御袍(こうろぜんのごほう)という束帯姿の天皇陛下が高御座(たかみくら)へ、十二単(ひとえ)姿の皇后さまが御帳台(みちょうだい)に上り、天皇陛下が即位を宣言される。首相がお祝いの寿詞(よごと)を述べた後、万歳を三唱し、参列者が唱和する。

京都御所の紫宸殿で執り行った昭和天皇の即位礼では、当時の田中義一首相は一段低い庭に下りて万歳三唱した。平成の式典で当時の海部俊樹首相はいまの上皇さまと同じ松の間の床上で発声した。海部氏は日本が国民主権の民主主義国家であることを示そうとの思いだったと後に回顧した。今回は平成時にならい、松の間で実施する。

平成の式典からの変更は一部にとどめる。陛下が高御座に向かわれる経路を短縮する。前回は参列者に陛下の姿を見えやすくするため、廊下を回ってから高御座に上った。今回は大小のモニターを多数設置し、参列者が儀式の様子を見られるようにした。

高齢の皇族の負担を軽くするため、参列する皇族の服装は前回から一部変更し、伝統装束以外も認める。首相ら参列者の服装は前例を踏襲し、男性はえんび服やモーニングコート、女性はロングドレスなどとする。

即位礼に続き、午後3時半からパレードを催す。皇居・宮殿からお住まいの赤坂御所(東京・港)までの4.6キロメートルを約30分かけオープンカーで走行する。1990年11月の上皇ご夫妻の「祝賀御列の儀」は沿道に約11万7千人が集まった。

台風などの荒天時は21日午後6時半に延期を発表する。予備日は26日とし、再び荒天になった際は中止とする。小雨などの場合は屋根の付いた皇室用の特別車両「御料車」を使ってパレードする。

10月22日夜の皇居・宮殿での祝宴「饗宴(きょうえん)の儀」は午後7時20分から3時間半を予定する。この日のほかに同月25、29、31日の4日間で計4回催す。今回は2回を立食形式とし、計2600人程度を招待する。前回は4日間連続で7回開き約3400人を招待した。すべて着席形式で初日を除き昼夜2回開いた。規模を縮小して両陛下の負担に配慮する。

翌23日は首相夫妻主催の晩さん会を午後6時からホテルニューオータニ(東京・千代田)で開催する。外国元首ら約900人が出席する。狂言師の野村萬斎さん、歌舞伎俳優の市川海老蔵さん、文楽人形浄瑠璃の人形遣いの吉田玉男さんが「三番叟(さんばそう)」と呼ぶ演目を共演する。

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