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出産もキャリアも諦めたくない 卵子凍結という選択肢

卵子は凍結のための作業を経て、液体窒素で満たされた専用の容器の中で保存される

キャリアを理由に当面は出産を希望しない女性たちの間で、若いうちに卵子を凍結して保存する動きが広がり始めた。出産の先送りを促すなどの懸念もあるが、キャリア形成と出産を両立する選択肢として注目を集めている。

田中美春さん(仮名、40)は2019年夏、卵子凍結を2回試みた。4月に昇進したばかり。「出産にタイムリミットがあるからと慌てて結婚したくはなかった」と話す。妊娠の確率を高めるため年齢と同数の卵子の保存を目指し、あと数回採取する予定だ。

平均寿命が延びても女性の生殖適齢期は20~40歳と限られる。仕事や学問の修練期と重なるため、まず仕事で実績を上げてから出産しようと考える女性も多い。ただ、年齢が上がると妊娠率は下がる。不妊治療を受けても妊娠に至らず、諦める人もいる。

女性の卵子のもとは胎児時代につくられて一旦貯蔵される。生殖年齢に達すると成熟が進み、毎月ほぼ1つずつ排卵されて妊娠に備える。加齢に伴い卵子は老化が進むため、成熟の過程で染色体の異常が起きやすくなると知られている。異常が起きると、流産や生まれた子が先天性の病気を持つ確率が高まる。

卵子凍結を受けるときはあらかじめ排卵誘発剤を打っておく。当日は麻酔をかけて注射器のような機器で複数個の卵子を取り出す。採取は5~10分だが3、4回以上の通院が必要になる。費用は全額自己負担で約50万~80万円だ。

35歳で卵子凍結した三宅さん(仮名)。仕事や恋愛に打ち込んだ後、40歳でその卵子から長男を出産した

三宅悠子さん(仮名、41歳)は4月、35歳で凍結した卵子で長男を出産した。「妊娠までに時間の猶予ができたことで、仕事や恋愛に前向きに打ち込めた」と満足げだ。

不妊治療を手がける医療法人オーク会(大阪市)では、19年5月末時点で延べ735人の女性がキャリア継続やパートナー不在などの「社会的な理由」で卵子を凍結した。うち32人が凍結した卵子を使って妊娠した。

当初は40歳前後の利用者が多かったが、17~18年は30代が50%を超えるなど若年化が進んでいる。船曳美也子医師は「出産例も出始めて認知度が高まったのではないか」と推察する。

東京都在住の西史織さん(28)は6月に卵子凍結した。周囲に不妊治療中の30代女性が多く、「将来の自身の妊娠可能性に不安を抱いた」と話す。子供が欲しい女性向けのサイトを運営し、卵子凍結の情報を発信している。

企業による支援策も広がる。米国では14年以降、フェイスブックとアップルが補助金制度を導入したことを皮切りに、現在数十社が採用済みだ。国内ではPR会社のサニーサイドアップが15年、補助金制度を始めた。社員の卵子凍結にかかる費用の3割を同社が負担する。既に2人が利用した。

その一人、管理職の山田由香さん(仮名、40代)は17年に制度を使って卵子を凍結した。不妊治療経験者の助言もあり、「将来の選択肢を増やす手段として踏み切った」と語る。20~30代の間は仕事にまい進した。付き合った男性もいたが、結婚したいと思える相手に巡り合えなかった。「仕事はやりきったので、この先縁があれば出産を優先したい」

社長室長の谷村江美さんは女性が安心して働くための制度で、晩婚や高齢出産を奨励するものではないと強調する。「後から子供が欲しいと思っても、時間は戻らない。社員が妊娠・出産を自分事と捉えるきっかけにしてほしい」

行政の支援例もある。順天堂大学浦安病院(千葉県浦安市)は15年度から3年間、浦安市の補助金を卵子凍結の助成金に充て、計34人の女性の卵子を凍結した。

子宮内膜症など医学的理由のほか、キャリア継続など社会的な理由を挙げた人も多かった。市の担当者は「妊娠の先送りを勧めるわけではなく、事情がある人に選択肢を示すねらいがあった」と話す。

卵子凍結はこれまで、がんなどの患者が治療後も妊娠の能力を保つために使われてきた。社会的理由で卵子凍結を選ぶことについては、妊婦にとってリスクが高い高齢出産を増やすとの懸念もある。

医学界の意見も分かれている。日本生殖医学会は13年、年齢制限を設けたうえで社会的理由による未婚女性の卵子凍結を認めるガイドラインを出した。一方、日本産科婦人科学会は15年、健康な女性の卵子を凍結保存することを推奨しないと表明した。

東大病院(東京・文京)は病気以外の理由で卵子凍結を受け付けていない。産婦人科の原田美由紀講師は「受精や着床、育成などハードルは多い。複数凍結しても妊娠の保証はない」と指摘する。

卵子を若返らせる技術はまだない。船曳医師は「若い卵子を使えば妊娠率は高まる一方で、高齢の妊娠は高血圧や糖尿病などが起こりやすくなる。長所短所を認識した上で、自ら可能性を切り開きたいという人を応援したい」と話している。

妊娠先送り、過信は禁物 ~取材を終えて~


 記者(28)は大学院修了で、現在入社3年目だ。出産適齢期ど真ん中だが、仕事に慣れるのにまだまだ必死だ。中学高校時代の同級生が出産したという話を聞くたび、自分も結婚して子供が欲しいと思う。では産休・育休で1年以上休んだとして、半人前の私が戻る席は果たしてあるのか……。同じような不安を抱く女性は多いだろう。
 仕事で経験を積んだ後の40代で妊娠する可能性を高める卵子保存が広がると、安心して仕事に励める環境が得られそうだ。ただ、あくまでも対処法の一つであり、過信は禁物だ。大切なのは若いうちに妊娠・出産しても、キャリアアップの機会を失わない社会づくりと感じた。
(中島沙由香)

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