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感動・感謝のゴール 最後の直線、妻と娘とともに

50歳で再びUTMB(170キロメートル、累積標高差1万メートル)を目指す「NEVERプロジェクト」が終わった。結果は125位、タイムは30時間30分。10年前の全盛期のようには走れなかったものの、いま持てる力は全て出し切れたので満足感に浸っている。

これまでのレースは「自分のため」であり、苦しい状況で応援してくれる人々を思い浮かべるといっても、それは自分自身をレースの中で一段高みに引き上げる便法にすぎなかった。しかし今回の挑戦では違った。今までお世話になった方々に心から感謝し、私と同世代の人々ら「誰かのため」に走りたいと心に決めていた。そして最後はその誰かの力が私の体をゴールまで導いてくれたのを実感できた。

50歳で125位のUTMBのゴールは妻と娘とともに=藤巻 翔撮影

それにしても苦しい闘いだった。レース中盤を過ぎ、どうしても全盛期の頃の感覚がよみがえり「あと半分はペースを上げてゴールまで行けるはず」などと思ってしまった。体は思うようには動かず、結局そこから大きく失速した。

特に最後の70キロメートルは疲労と脚の痛みで文字通り地獄のような道のりとなった。「NEVER」と名付けた挑戦のこの3年間を応援してくれた人々の言葉や表情が頭に何度も浮かんでは消え、もし途中でリタイアすることになったら一体どれほどの人々を失望させてしまうのか、という危機感と背中合わせで走っていた。

レース前には「最後まで前向きな気持ちで楽しみたい」とあれほどみなさんに語っていたのに、それができない自分にいらだった。何度もくじけそうになった。

ついに不眠不休の30時間以上の道のりを走り終える瞬間を迎えた。長年思い続けてきた夢を実現すべく、ゴール手前の最後の直線は妻と娘とともにゆっくりと歩いて感謝の思いを表現した。

6歳の娘は私の全盛期の走りを知らない。この世界最高峰の舞台で全身全霊を込めて闘ったあの頃がなければ、今の私は存在しない。人生を大きく変えたこの大会の最後をともに歩むことで、父が一体どのような気持ちと思いでこれまでの人生を歩んで来たのか少しでも理解してほしかった。

この挑戦を通じ、娘にはたとえ際立った才能がなくても努力し続ける大切さを、私と同世代の人々にはいくつになっても夢を持ちひたむきに挑戦することの大切さを、それぞれ伝えたかった。

長いようであっという間の3年間だった。挑戦の前には、衰える体力、気力を鑑みてこれが最後の挑戦と思い、結果を出さねばならないという焦燥感に襲われたものだ。それが今後のことなど考えず最善を尽くし立ち向かえばよい、と思うことで常により前向きな気持ちになれた。

「この挑戦の先は?」と問われるたびに「UTMBのゴールで考える」と答えてきた。今回、答えははっきりした。やはり私は何歳になっても挑戦をしたい。それがあらためてわかったし、それがこの年齢でもプロのアスリートであり続けた自分の使命ではないか、と感じた。人間はいくつになっても成長できるという言葉を信じて、これからも心からワクワクする挑戦を新たな気持ちで求めたい。

(プロトレイルランナー)

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