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あれから6カ月 イチロー・ウイークエンドの舞台裏

スポーツライター 丹羽政善

9月14日午後5時49分、ホームの白いユニホームをまとったイチローが一塁側のダグアウトから姿を見せると、球場全体が大きな歓声に包まれた。

2分後、ダグアウトに控えていたチームメイトらが全員出てきて、イチローの背後に回る。スコット・サービス監督がオープニングスピーチをした後で、すでに殿堂入りしているエドガー・マルチネスとケン・グリフィーJr.が現れると、役者が揃い、場も最高潮に達した。

「言葉はできなくても思いが伝わったらいいなという気持ちで立った」というイチローのスピーチは約5分。よどみなく英語が出てきた。

 マリナーズが開催した特別功労賞授与式でスピーチするイチローさん=共同

最後に「Now, let's play baseball.(さあ、野球をやりましょう)」と締めくくると、総立ちのスタンドから、イチローコールが沸き起こった。

チームは低迷。とうの昔に消化試合に入り、残念ながら空席が目立ったのは残念だったが、熱量そのものは今年3月21日の東京ドームでのカーテンコールと変わらなかった。

イチローが引退を決めたのは、その3月21日のこと。東京で行われた開幕2戦目の試合途中でニュースが伝わると、試合が終わっても多くのファンは球場を離れようとしなかった。

イチローは試合後、チームメイトらに感謝の言葉を伝えた後、米メディアの取材に応じていたが、ファンが客席に残っていることを知らされると、クラブハウスからフィールドへとつながる階段を駆け上がった。

あれから6カ月。もう6カ月なのか、まだ6カ月なのか、どうもしっくり来る表現がない。昨年のこともあり、時間が進んでいるようでいて、巻き戻っているようでもある。

もちろん、引退は事実だ。3月21日の試合後、ファンの声援に応える形で東京ドームを一周するシーンをこの目で見た。その後の会見にも出席した。ただその後のイチローは、そのことを忘れさせる。

引退後も変わらぬトレーニング

4月30日。球団から会長付特別補佐就任が発表され、マリナーズと3Aタコマで打撃、走塁、外野守備の指導などを行うことになった。その少し前にマリナーズのジョン・スタントン会長にインタビューしたとき、「これからもマリナーズに関わってほしい」と話しており、そこまでは想定内だ。

翌5月1日からイチローはTモバイル・パークに姿を見せるようになったわけだが、それは実際のところ、顔を出す程度ではなかった。

少し前にも紹介したが、早い時間からキャッチボールやストレッチを行い、早出の打撃練習があれば、外野で球拾いを行い、広い外野を一人でカバーする。ときには打撃投手を務め、室内ケージに残してある初動負荷トレーニングのマシンでも体を動かす。

その様子は、復帰を目指してトレーニングを続けていた昨年のルーティンとほぼ変わらず、それを目の当たりにしている人なら、「やっぱり来年、復帰します」とイチローが言ったとしても、違和感はないのではないか。

米記者の一人も、真顔で言った。

「オリンピックに出るんじゃないか?」

その記者は東京でも「オリンピックに出ないのか?」と聞いて、イチローに「NO」と否定されているが、どうしてもその可能性を排除できないようだった。

話がセレモニーから逸れたが、式次第などに引退という文字はなく、形としてはイチローが球団で3人目となる特別功労賞の表彰だった。

なぜこの時期なのか。なぜ引退セレモニーではないのか。

誰もが感じることだろうが、マリナーズとしてはもちろん、東京から戻ってきてすぐにでも引退セレモニーのようなイベントを盛大にやりたかった。しかし、東京で一区切りがついていることもあり、タイミングや形式を巡って、逡巡した。

首振り人形準備に4カ月半

一方、どうしてもこの時期になった、という側面もある。やると決めても、記念グッズの準備など、どうしても時間のかかるものがあるのだ。

球団広報によると、一番時間を要するのが、14日に先着2万人のファンに配られた首ふり人形だそう。元になる写真を選ぶところから計算すれば、通常、必要な数の納品まで5カ月はかかるそうだ。ということは、仮に4月に企画が固まったとしても、どうしてもこの時期となる。

もちろん、どうしても首ふり人形が必要というわけではないが、2001年のルーキーシーズンに配られたイチローの首ふり人形は、徹夜組が出るほど人気となっただけに、外すわけにはいかない、という思惑もあったよう。

2万人に配られたイチローの首振り人形

結局、5月2日から「全体の企画が決まる前に、首ふり人形の制作準備に取り掛かった」とマリナーズのプロモーション担当者。

「仮に今回のように、『イチロー・スペシャルウイークエンド』という形のイベントが行われなかったとしても、プロモーションだけは予定していました」

それでも時間的にはギリギリだが、イチローの首ふり人形に関してはこれまで毎年のように制作しており、顔などのデータもある。その分、時間の短縮が可能で、「4カ月半で完成させることができた」そうだ。

さて、授賞式を終えて思うところは? イチローはイベント後にそう問われ、「何が欠けても、今日はない。なんだってそうじゃないですか。東京ドームの最後も何が欠けてもあれは起きなかったというふうに考えると、やっぱり自分なりに頑張ってきてよかったな、ということですよね」としみじみと振り返り、こう言葉をつないでいる。

「5年半のニューヨークとマイアミの時間も含めて今日なんだ、と思うんですよね。だからこれをやっておけばよかったということは、僕にはないので、会見でもいいましたけど、そうしてきてよかったなと思います」

一片の悔いなし――。

なお、授賞式には野球殿堂博物館の元館長ジェフ・アルダーソンも姿を見せた。

次に大きな節目を迎えるとしたら2025年か。イチローは有資格1年目で野球殿堂に選ばれることが確実視されている。

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