倉敷の児島地区「デニム通り」は10年物 産業観光の歩み
ウエーブ岡山

2019/9/17 5:00
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来訪客が年間20万人に達する岡山県内有数の観光地に成長した(10日、岡山県倉敷市)

来訪客が年間20万人に達する岡山県内有数の観光地に成長した(10日、岡山県倉敷市)

デニムの街として知られる岡山県倉敷市児島地区で、地元メーカーのショップが集積する「児島ジーンズストリート」が誕生して2019年で10年を迎えた。今では来訪客が年間20万人を数え、県の看板観光地に成長した。産業観光の先駆け的存在として、いっそうの魅力向上や情報発信への取り組みが続く。

9月上旬の昼下がり、平日にもかかわらず多くの観光客が訪れていた。2店から始まったテナントは、雑貨店やカフェなどの誘致で39店舗に増えた。女性の体形に合ったパンツの店、コーディネートしやすいシャツの店など店舗ごとに個性があり、大阪府から来た30代の女性は「迷うけど楽しい」と笑顔を見せた。

誕生のきっかけとなったのは、「桃太郎ジーンズ」ブランドで知られるジャパンブルー(岡山県倉敷市)の真鍋寿男社長を中心に、児島商工会議所の主導で00年にまとめた「ファッションタウン児島基本構想」だ。繊維産業が集積する児島地域の特性を生かした街おこしへ、商品開発や店舗開設を通じた「児島ブランドの創設」などを掲げた。

現在のストリートがある味野商店街は当時、近隣での大型商業施設の開業や国道沿いの発展に伴ってシャッター通りと化していた。01年に当時のコレクト(現ジャパンブルー)の拠点を同商店街に移転した真鍋社長には「空き店舗対策として、ジーンズで昔のにぎわいを取り戻したい」との思いがあった。

構想実現へ09年11月、児島商議所を母体に地元の服飾専門学校や倉敷市などと「児島ジーンズストリート推進協議会」を設立。店舗誘致へ周辺のデニム関連の約30社を集めて出店を要請した。しかし「人が歩いてないのに商売が成り立つのか」と大半が難色を示し、1~2社が検討するものの結局は断念する。そんな繰り返しが続いた。

誕生から3年が過ぎても店舗数は10軒にとどまり、総延長約400メートルの通りのどこにお店があるか、わからない状態が続いた。土日しか営業しない店舗もあり、来訪客からは「これの何がストリートだ」といった批判も出た。

風向きが変わったのは5年目あたりから。メディア露出効果などから客足が伸び、売り上げが立つようになって「出店してよかった」との声が広がっていったのだ。その後も「よそでは買えない物を買える」と注目度が高まり、イベントの誘致も奏功。産業観光の手本として、各地からの視察は累計300件以上になった。

出店した企業にとってのメリットも大きい。協議会の発足直後に出店した「SAIO」の三野高明店長は、直営店を設けたことで「商品情報のフィードバックによって売れ筋がすぐわかるようになった」と話す。中国語サイトで紹介されたことで、台湾や香港からの客も増えたという。

ストリート内での事業拡大の動きもある。「EDGE OF LINE」は向かいに岡山土産の専門店を開設した。真鍋社長と共に店舗誘致に奔走した児島商議所の太宰信一専務理事は、学生服や制服、帆布といった市内の他の繊維産業を挙げて「知名度向上など周辺への波及効果は相当大きい」と強調する。

ストリート内の公衆トイレにもジーンズのアートを施している(10日、岡山県倉敷市)

ストリート内の公衆トイレにもジーンズのアートを施している(10日、岡山県倉敷市)

目下の課題は、より長く観光客に滞在してもらうための工夫だ。多くの店舗で購買率が50%を超える一方で、ストリート内や周辺には飲食店や休憩施設が多くはない。滞在時間の延長や購買率向上のためにも、テナント誘致や仕掛け作りは欠かせない。

18年は西日本豪雨の風評被害の影響で来訪客数が落ち込んだが、今年は再び20万人への回復を見込む。10月26日の「デニムの日」には、ファッションショーや作業体験ワークショップなどを組み合わせたイベントを開催する。ジーンズ需要が縮小の一途をたどる中、情報発信基地としての役割は高まっている。

(沢沼哲哉)

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