2019年9月23日(月)

京都・洛北 夜空焦がす炎の祭礼
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コラム(地域)
関西
2019/9/12 7:01
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高さ18メートルの頂上部に炎が燃え盛った。と思う間もなく、灯籠木は地響きを立てて引き倒された。京都・洛北の山間部に伝わる「松上げ」。江戸時代から続く火の祭礼は、林業で暮らす人々にとって、山仕事のおさらいを兼ねた一種の消防訓練でもある。

高さ18メートルの灯籠木の傘めがけて勢いをつけたたいまつを周囲から投げ上げる(京都市左京区)

高さ18メートルの灯籠木の傘めがけて勢いをつけたたいまつを周囲から投げ上げる(京都市左京区)

■傘に松明投げる

京都市左京区の広河原地区。洛北への玄関口、出町柳からバスで2時間弱かかる。8月24日、上桂川に支流が合流する早稲谷の河川敷に、ワラをまとったヒノキの丸太「灯籠木」が立てられた。頂上部には籠状の「傘」が固定され、スギの枯れ葉、カヤ、しばを詰めてある。

午後8時15分、5つの町内から担い手の男衆約40人がそろいの法被姿で参集。一帯に林立させた1200本の細竹に一つ一つ松明(たいまつ)を挿していく。点火した一面の松明群は暗闇に浮かぶ花畑のよう。「地松」と呼ぶ。気がつくと枯れ草が燃えるいぶし香が立ち込める。

松上げはこの傘をいわばゴールに見立て、周囲から松明を投げ入れて点火する行事だ。要領は運動会の玉入れと同じだが、18メートルという高さがくせ者だ。ただでは容易には届かない。このため松明に麻縄をつけぐるぐる回して放り投げる。

「上昇力を高めようと勢いをつけるが、手放す瞬間次第で、あらぬ方向に飛んだり、高すぎて飛び越えたりする」。広河原松上げ保存会の葛西清司会長は難しさを説明する。午後8時半、投てき開始。無数の光が、放物線の軌跡を描く。

この間、たたきがねと太鼓が交互に打ち鳴らされる。開始後20分ほどしてようやく最初の着弾が成功した。かねと太鼓が乱打ではやす。ただ首尾良く傘の中に吸い込まれたものの、炎が上がってこない。なお投てきは続き、3弾目が入った前後にようやく傘のくすぶりが炎に変わった。

傘に炎が立ち上がると灯籠木を引き倒す(京都市左京区)

傘に炎が立ち上がると灯籠木を引き倒す(京都市左京区)

■林業の技術鍛錬

炎が夜空を焦がすと、男たちがすかさず灯籠木を引き倒した。盛んに燃える傘をナタなどで手際良く分離し、火勢を鎮める。一方で余勢を駆って今度はその隣の火床に、残りのワラをくべた。この火めがけて丸太を皆で抱え突進、火床のワラを掻き上げる。これを数回繰り返すたびに高さ数メートルの炎が上がった。

火の勢いを抑えたり、一方で高めたり。一連の作業は「火を扱いこなす技術の鍛錬に通じる」と仏教大学の八木透教授は語る。林業や炭焼きをなりわいの場とする山間部では、ひとたび火の制御を誤ると、取り返しの付かない惨事を招きかねない。「恐れずに火と向き合う姿勢を、祭礼から学び伝えたのではないか」

もともと、松上げは愛宕神社(京都市)への献火に根ざしている。「火廼要慎(ひのようじん)」の札で知られる防火や火伏せに霊験をうたわれる愛宕信仰が、京都府の山間部を中心に祭礼のかたちで伝わったようだ。八木教授によれば、松上げは広河原だけでなく、花脊八桝、久多、雲ケ畑、小塩(いずれも京都市)ほかにも分布しているという。

火の制御だけにとどまらない。「野生のフジツルを刈り取って練り、筋固さをほぐして灯籠木に添え木や傘をくくり付ける。カヤやスギの枯れ葉収集といった山仕事の一つ一つも、松上げの仕込みに生かされます」(葛西会長)

愛宕神社は勝軍地蔵をまつり、戦国時代には武将らの崇敬と寄進を集めた。ところが江戸時代には太平が訪れたため、防火と火伏せの信仰に比重が移る。「松上げの行事もこれと並行して広がった」と八木教授。

もっとも、松上げも過疎と高齢化が課題として急浮上している。「担い手も不足気味で祭礼支度も以前は当日ですんだが、今年から2日がかりになった。数少ない水田にも耕作放棄が増え、ワラの調達難に拍車がかかっている」(葛西会長)と悩みは尽きない。

(編集委員 岡松卓也)

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