今日も走ろう(鏑木毅)

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五輪、国より個人のパフォーマンス楽しもう

2019/9/12 5:30
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東京オリンピック、パラリンピックまであと1年を切り、国際大会への注目度も高まるばかりだ。世界中のアスリートがしのぎを削るスポーツの祭典が本当に待ち遠しい。ここでスポーツとナショナリズムについて考えてみた。

スポーツの国際大会において、選手は時に代表する国を意識することで持てる以上の力を発揮することがある。観戦する側も自国の選手を自分に重ね合わせて応援するし、共感を得て力をもらう。そのように考えれば国とスポーツは切っても切れない関係なのだろう。

私自身もレース中に国を意識して勇気百倍となった経験がある。トレイルランの最高峰UTMBの2008年大会、最終盤で4位を走っていた私は、日本人がここまでの位置につけたことが過去になく、このままゴールすれば快挙だとわかっていた。最後のエイドステーションでスタッフに思わず「ゴールで日の丸の旗を用意してほしい」と告げた。ゴールで日の丸を振る姿を思い浮かべると、最後に立ちはだかる巨大な山を越えられるかどうか不安で折れそうだった心を鼓舞できたのだった。

日の丸を持ってのゴールを思い浮かべ奮い立った(2008年UTMBを4位でゴール)

日の丸を持ってのゴールを思い浮かべ奮い立った(2008年UTMBを4位でゴール)

日常生活では自分が日本人であることを意識する瞬間などほとんどなく、むしろどちらかといえばナショナリズム的な考えは正直、好きではない。そんな自分が欧米が圧倒的に主流のこの競技に出て、最後に心の支えにしたのが、日本人であることの誇り、というのは意外だった。

ところでオリンピックは入場行進から表彰式での国旗掲揚など大会を形づくるさまざまな枠組みが、国を意識したものだ。16年リオデジャネイロ五輪の時、合宿で欧州にいた。テレビをつけると自国の選手偏重でない報道がされていてちょっと驚いた。日本ではともすると、勝利した他国選手よりも日本選手の敗戦に関する感動話にテレビの時間を多く割く傾向がある。欧州での中立な報道というものに当初は不思議な感覚をおぼえたけれど、もしかするとこちらの方が世界基準なのだろうかと思い、はっとした。

本来、オリンピックとは4年に1度、世界中から集結したアスリートたちの人生をかけた大勝負の場であり、観客は選手の究極のパフォーマンスを楽しみ感動する場である。過度な自国主義に陥ってしまうと彼らのパフォーマンスの純粋な素晴らしさを見失ってしまう可能性がある。国籍がどこであろうと、その偉大さは変わらないのに。

私が初めてUTMBに出場した時の優勝者はイタリア人のマルコ・オルモという選手で、この時すでに58歳だった。その翌年の覇者はスペイン人のキリアン・ジョルネでわずか20歳。親子以上の年齢差があるこの2人がそれぞれ頂点に立つ可能性があることも、私がUTMBに魅せられた理由の一つである。国や民族を意識することは決して悪いことではないけれど、まずはその選手個人のパフォーマンスをしっかりと目に焼き付けたい。

自国で開催される五輪。ナショナリズムの高揚を抑えきれないのも確か。ただそれも行き過ぎてしまってはせっかくの世紀のイベントの真の意義を見失う。地球上のトップアスリートのパフォーマンスを間近で見られる絶好のチャンス、まずは存分に楽しもうではありませんか。

(プロトレイルランナー)

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