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英国ロイヤル・オペラ、仏伊二大悲劇に浸る日本公演

世界五大歌劇場の一つ、英国ロイヤル・オペラが4年ぶりに日本公演を開く(主催=日本経済新聞社、公益財団法人日本舞台芸術振興会)。演目はグノー「ファウスト」とヴェルディ「オテロ」。9月12~23日に東京文化会館(東京・台東)と神奈川県民ホール(横浜市)で計8公演を行う。音楽監督アントニオ・パッパーノ氏の指揮による端正で切れのある管弦楽、当代屈指の歌手陣、人物の内面を掘り下げる深みのある演出など、この歌劇場ならではの劇的体験が待っている。

在任17年パッパーノ音楽監督の円熟の指揮

英国ロイヤル・オペラの歴代の音楽監督にはラファエル・クーベリック、ゲオルク・ショルティ、コリン・デイヴィス、ベルナルト・ハイティンクら音楽史上屈指の指揮者が名を連ねる。2002年に音楽監督に就任したパッパーノ氏は在任17年。さらに22~23年シーズンまで契約が延長され、歴代最長の在任期間となる。

4年前の来日公演では、プロジェクションマッピングを使った斬新なモーツァルト「ドン・ジョヴァンニ」、それにイタリアオペラの王道といえるヴェルディ「マクベス」の2つのオペラで好評を博した。今回は長年築き上げてきた信頼関係に基づき、さらに磨きがかかった円熟の舞台が期待できそうだ。

英国ロイヤル・オペラ音楽監督で指揮者のアントニオ・パッパーノ氏(9月6日、東京都港区でのインタビュー)

イタリア系英国人の同氏の指揮から生まれる音楽は、劇的感情と合理的な形式美を併せ持つ。その長所はやはり音楽監督を務める伊ローマ・サンタ・チェチーリア国立アカデミー管弦楽団を指揮したマーラー「交響曲第6番イ短調『悲劇的』」をはじめ、後期ロマン派の大規模な管弦楽作品でも遺憾なく発揮されてきた。オペラ指揮者としてだけでなく、巨匠と呼ぶにふさわしい風格をみせるゆえんだ。

今回の演目の一つはパッパーノ氏が得意とする「ファウスト」。原作はいうまでもなくドイツの文豪ゲーテの名高い戯曲。フランスオペラを代表する作曲家グノーの人気作だ。まずはパッパーノ氏に今回の日本公演について聞いた。

――自身が音楽監督を務めてから英国ロイヤル・オペラはどう変わったと自負しているか。

「僕の白髪が増えたことくらいかな。ここで仕事ができることは無上の喜びで、ほかに行きたいと思うオペラハウスは世界中どこにもない。オペラを愛する人たちの集団がつくる得難い環境だ。長い時間をともに過ごし、オーケストラやコーラスなどとの関係が成熟し、一つの家族のようだ。その一体感こそが、ほかのオペラハウスとの違いを生む。有名な歌手を招いてその名声に便乗するのではなく、ともにより大きな舞台を作り上げていく底力を持っている」

 ――今回はどんな日本公演にしたいか。

「日本公演ではできるだけ対照的な作品を選んでいる。オペラ表現の幅広さを実感してもらいたいからだ。劇中でバレエも披露する豪華なグランドオペラ形式の『ファウスト』と、イタリアオペラの頂点ともいえる『オテロ』は、音楽的にかなりかけ離れた2作品だ。日本のオペラファンは舞台に大変集中してくれるので、出演者も実力を発揮しやすい。知識も豊富で質の高い舞台を理解してくれるので、非常にやりがいがある」

グノー作曲オペラ「ファウスト」で、ファウスト役のテノール、ヴィットリオ・グリゴーロ氏(提供:英国ロイヤル・オペラ、NBS)

――グノー「ファウスト」の見どころは。

「デイヴィッド・マクヴィカー氏の演出として2004年に初演して以来、2度目の指揮になるが、大変人気のある大好きな演目だ。とてもフランスらしい作品で、音楽の流れを非常に大切にし、歌手の魅力が引き立つ構成だ。それだけに、実力のあるキャストが欠かせない。バレエあり、笑いあり、悪魔も登場し、誰でも楽しめる作品だ」

美しい旋律と劇的盛り上がりの「ファウスト」

日本公演は12日、東京文化会館での「ファウスト」から始まる。9日には同ホールで「ファウスト」の最終舞台稽古が行われた。第4幕ではファウストの子供を身ごもったマルグリート(ソプラノのレイチェル・ウィリス・ソレンセン氏)が情感あふれる祈りの歌を披露する中、悪魔メフィストフェレス役のバス・バリトン、イルデブランド・ダルカンジェロ氏が張りのある歌声でシャープな悪党ぶりを演じていた。

パッパーノ氏の指揮によるロイヤル・オペラハウス管弦楽団の響きは、美しい旋律を叙情たっぷりに歌わせたかと思うと、劇的な場面では精巧に音を積み重ねて思い切り盛り上げるなど、メリハリの効いた表現だ。ゴシック風の古風な舞台も実は現代人の趣向に通じる面が多い。出演者は今回の「ファウスト」や英国ロイヤル・オペラでの活動をどう考えているか。主役のファウストを演じるテノール、ヴィットリオ・グリゴーロ氏に聞いた。

――テノールにとって「ファウスト」はどんな作品か。

「非常に難しい、最も難しい役の一つかもしれない。冒頭では老人に扮(ふん)し、老人のように歩き、呼吸し、歌もしゃがれた声で精気なく歌わなくてはならない。ところがある瞬間から、エネルギッシュな若者に変身し、歌もはつらつ。その極端に違う人間を演じ分けるのがポイントだ。音域も高音から低音まで幅広く、誰にでも歌えるものではない。私自身もこの役を歌うのは今回が最後かもしれないと思っている」

ファウスト役のテノール、ヴィットリオ・グリゴーロ氏(9月6日、東京都港区でのインタビュー)

――英国ロイヤル・オペラは自身の歌手活動の場としてどんなところか。

「自分にとって特別なオペラハウスで、2010年以来、頻繁にともに仕事をしてきた素晴らしい家族だ。あまり海外公演を行わないオペラハウスなので、今回の日本公演は貴重だ。私は常に『今』取り組んでいることが一番重要な目標と考えている。夢を見るのは誰もができるし、大きな夢を持つのはいいが、今できることに全力を注ぐことが、次の未来につながっていくと信じている」

 今回のもう一つの演目はやはりイタリアオペラの代名詞、ヴェルディの作品だ。4年前の「マクベス」に続き、今回もシェイクスピアの戯曲を原作とした「オテロ」。14日、神奈川県民ホールから上演が始まる。パッパーノ氏に「オテロ」の見どころと、自身の今後の抱負、オペラ文化の展望についても聞いた。

――「オテロ」で日本の聴衆に伝えたいことは何か。

「今回の演出は2017年と、比較的新しい。『ファウスト』とは正反対で、華美な装飾はなく、登場人物をいかに描くかが全てだ。抽象的な部分もあるが、非常に力強く人間の持つ闇を表現している。シェイクスピアの原作のメッセージが凝縮されたような舞台になっている」

非日常の空間でどっぷり漬かるオペラ

――指揮者、音楽監督として自身の今後の方向性と目標は。

「とにかく劇場が好きで、歌と歌手が好きなので、オペラの舞台を作り続けたい。新しいことにどんどんチャレンジしたいというよりは、かつて取り組んだ演目をもう一度やってみたい、今ならよりいいものができるのではないか、と思うことのほうが多い。オペラの魅力は、舞台にあふれる情熱だ。これはほかの芸術表現にはない、オペラ特有のものだ。人の情感を伝えるのだから、予備知識のない人でも共感できるし、知識を得て見直すとまた新たな魅力を発見できる、深みのある舞台芸術だ。最近は音楽や映像に触れるのもスマホの画面を介することが多く、短時間で気が散ってしまいがちだが、自分だけの世界に入り込めるのがオペラだ。日常とは切り離された空間でどっぷりオペラの世界に浸ってほしい」

ヴェルディ作曲オペラ「オテロ」の一場面(提供:英国ロイヤル・オペラ、NBS)

――日本でもオペラファンの高齢化と若者のオペラ離れがいわれているが、オペラ文化の将来をどうみているか。

「より若い人たちに見に来てほしいのはオペラ界共通の課題。手ごろな座席を設けるなど、どこも必死に対策を打っている。ただ、焦りすぎているのかもしれない。人がオペラを見ようと思うのは、少し年齢を重ねてからのことが多いのではないか。仕事や子育てが一段落して、心に余裕ができたときではないか。ただ、そう思ってもらうためには子供の時分から何らかの形でクラシック音楽に触れる機会を作ることが重要で、政府にも理解と支援を絶えず求めている。音楽が脳の発達に大きな影響を及ぼし、創造的な人間を育てるのに欠かせないのは揺るぎない事実だ。辛抱強く、若い人たちが音楽とかかわる機会を作っていくことしかない」

豪華な舞台で繰り広げられるドラマ、それを推進する緻密な構成力の音楽。パッパーノ氏の非凡な音楽性が求心力となり、世界最高クラスの歌手陣が集まった。「ファウスト」のグリゴーロ氏やダルカンジェロ氏、「オテロ」デズデモナ役のソプラノ、フラチュヒ・バセンツ氏らが、激しくも複雑な悲劇をどう歌い上げるか。今秋最も注目のオペラ公演になりそうだ。

(槍田真希子、池上輝彦)

【英国ロイヤル・オペラ2019年日本公演】
・グノー作曲「ファウスト」=東京文化会館で9月12、15、18日、神奈川県民ホールで同22日
・ヴェルディ作曲「オテロ」=神奈川県民ホールで9月14、16日、東京文化会館で同21、23日
(アントニオ・パッパーノ指揮ロイヤル・オペラハウス管弦楽団、ロイヤル・オペラ合唱団)

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