目黒女児虐待死「報復怖く通報できず」 初公判で母親

2019/9/3 11:18
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東京都目黒区で2018年、船戸結愛(ゆあ)ちゃん(当時5)が両親から虐待を受けた後に死亡した事件で、保護責任者遺棄致死の罪に問われた母親の優里被告(27)の裁判員裁判の初公判が3日、東京地裁(守下実裁判長)で開かれた。優里被告は「間違いありません」と述べ、起訴内容を認めた。

公判冒頭の罪状認否で優里被告は、夫の雄大被告(34)が娘を殴ったことは「知らなかった」としたうえで、警察に通報しなかったのは雄大被告からの報復を恐れたためと主張。弁護人は「夫の心理的支配下にあった」と訴えた。

9日に検察側の論告・求刑と弁護側の最終弁論が行われ、判決は17日に言い渡される予定。同罪や傷害罪などで起訴されている雄大被告の初公判は10月1日に予定されている。

検察側は冒頭陳述で、優里被告と雄大被告の間に息子が生まれた16年11月ごろから、雄大被告による結愛ちゃんへの暴行が顕在化したと指摘。18年1月に香川県から東京都目黒区に転居後、他の家族が観光などで外出する一方、結愛ちゃんはほとんど外出しなかったという。

朝4時ごろに起床して息が苦しくなるほどの運動など達成困難な課題を課せられ、できなければ雄大被告にたたかれたり、水のシャワーを浴びせられたりしたとも指摘。18年2月下旬、結愛ちゃんは嘔吐(おうと)を繰り返したが、優里被告は顔の傷から虐待が発覚することを恐れて病院に連れて行かなかった。

捜査関係者によると、結愛ちゃんはダイエット目的と称して1日1食しか与えられない日もあり、死亡時の体重は同年代平均の約20キロを大幅に下回る約12キロしかなかった。家族が就寝中にノートに文字の書き取りをさせられ、「きょうよりかもっともっとあしたはできるようにするから。もうおねがい、ゆるして、おねがいします」などと書き残されていた。

結愛ちゃんが衰弱していたのに医師の診察を受けさせなかった理由について、優里被告は捜査段階で「自分の立場が危うくなると思った」などと説明。虐待がエスカレートしていった経緯などについて、同被告の発言が注目される。

事件機に法改正
 船戸結愛ちゃんの事件では児童相談所間の引き継ぎやリスク評価の問題が見つかり、児相の在り方を見直す児童福祉法の改正につながった。子どもを適切に保護できるよう、児相で子どもの一時保護と家庭の支援を担う職員を別々にし、配偶者間暴力(DV)の相談機関との連携も強める。再発防止には虐待リスクを適切に評価できる人材育成が急務となっている。
 一家が以前住んでいた香川県の児相は2016~17年に2回結愛ちゃんを一時保護していたが、引っ越しを機に児相は法律に基づく指導措置を解除。転居先の東京都の児相も緊急性が高いと判断せず、直接面会できないまま、結愛ちゃんは亡くなった。
 児相の対応を検証した国は18年10月に公表した報告書で、両児相の虐待リスクの認識が甘く、転居時の児相間の引き継ぎも不十分だったと分析。両親との関係を重視して結愛ちゃんの安全確保が十分でなかったなどと指摘した。
19年1月に千葉県野田市で小学4年の女児(当時10)が亡くなった虐待死事件でも児相の対応が問題視された。
 こうした経緯から、19年6月成立の改正児童福祉法などでは、児相の組織を見直し、一時保護などの「介入」と家庭の再構築を担う「支援」を担当する部署を分けた。雄大被告はしつけ名目で暴力を振るっており、体罰の禁止も明記した。
DVがある家庭では虐待リスクも高いとされ、政府はDVの被害女性やその子どもを保護する民間シェルターと児相など関係機関向けの研修を実施する。
NPO法人「児童虐待防止協会」(大阪市)の津崎哲郎理事長は「児相の体制や在り方の見直しだけでなく職員の専門性の確保が重要。家族の人間関係を細やかに捉えながら、虐待のリスクを認識できる人材の育成が不可欠だ」としている。
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