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波打つ檜皮 紙の神祭る 大瀧神社・岡太神社(越前市)

映える!

福井県越前市に、屋根を何層も重ねたような不思議な形の神社がある。和紙の作り方を伝えた紙祖神をまつる「大瀧神社・岡太(おかもと)神社」だ。幾度も姿形を変えてきたこの神社は、越前和紙だけでなく全国の製紙業に携わる人々に崇敬されてきた。だが、なぜこの形なのかは謎だ。

両神社が共有する拝殿と本殿が一体となり、屋根は檜皮葺(ひわだぶき)。後ろの大徳山の山肌から流れるように4層の破風が積み重なった形は、山の峰を集めたようだとか、波が寄せ合うようだと形容される。同じ形の神社は全国でもほかにない。

岡太神社に祭られているのは紙祖神「川上御前」。1500年前、周辺5つの里を合わせて「五箇(ごか)」と呼ばれる水のきれいな地に現れ、紙すきの技を伝えた女神だ。越前和紙発祥の地である五箇のほか、全国の製紙会社や紙幣を作る国立印刷局にも分祀(ぶんし)されている。

この神社は歴史に翻弄されてきた。仏教伝来後の719年、泰澄大師が同じ場所に大瀧寺を開き、白山信仰の霊場とした。織田信長の一向一揆討伐で焼失し、その後の領主らが再建。だが明治維新後の神仏分離令により大瀧寺は大瀧神社となり、2つの神社を併せた現在の形となった。

今の社殿は33年に一度の開帳に合わせ、1843年に改築された。永平寺の勅使門も手掛けた大工の棟梁(とうりょう)、大久保勘左衛門の手によるものだ。

なぜこの形になったのか、ヒントは神社に残る古文書にある。祭事を取り仕切る岡太講の事務方を10年以上務めた石川浩さん(58)は「設計図は兵庫県丹波市の柏原八幡宮と似ている」と話す。里の長者だった三田村家が当時、丹波から養子をもらった記録もある。

だが、当時の設計図や現在の柏原八幡宮の形は、重ねられた破風が少ない。石川さんは「後ろにそびえる大徳山に合わせて拝殿と本殿の高さが変わったので装飾を加えたのでは」と推測する。

2018年5月の祭礼は1300年祭にあたり、全国から製紙に携わる人や観光客が多く訪れた。世界から注目される和紙、その日本最古の守り神はここにある。(鈴木卓郎)

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