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映画看板、躍る絵筆 「大阪で1人」手描き絵師の技

匠と巧

日本の映画興行は大阪・ミナミで始まった。今はシネコンばかりが目立つが、かつては数多くの劇場があった。それらを彩っていたのが、銀幕のスターを活写した手描き看板。看板製作を手掛ける「八條工房」(大阪市西成区)の八条祥治さん(62)は「大阪で1人だけになった」という映画看板絵師だ。

8月のある日の工房。紙を貼った大きな板に、八条さんが向き合っていた。描くのは人気シリーズ「トランスフォーマー」のスピンオフ映画「バンブルビー」の登場キャラクター。手元のお手本を数秒間眺めた後、木炭で描いた下絵の上に絵筆を下ろす。迷いはない。「スゥーッ」という筆の音まで聞こえてきた。

鮮やかなイエローが特徴のキャラだが、暗い色の絵の具も重ねる。時々、一歩後ろに下がり全体を確認する。「ベタッとした絵だと迫力がない。色を重ね、筆ならではのタッチで立体感を出すことを心がけている」。言葉通り、看板から飛び出してきそうな躍動感が、一筆ごとに生まれる。

レトロ感漂う看板の文字にもこだわりがある。例えば「ジュラシック・ワールド/炎の王国」のタイトルは、赤色で燃えているような字体で描いた。映画を見ていなくても、内容をイメージするのだという。

工房は1980年、映画看板製作会社で働いていた八条さんの父、孝昌さん(故人)が独立し設立した。絵を描くのが好きだった八条さんも脱サラし入社。下地となる板作りなど下働きをしながら、絵の技術を盗んだ。修業の道のりは長く、「看板の字を描かせてもらったのも工房に入って何年か後だった」と振り返る。初めて1人で絵を描いたのは今から10年ほど前だ。

工房では梅田や道頓堀、和歌山など10館近くの映画看板を手掛けていたが、現在は「新世界国際劇場」(大阪市浪速区)のみとなった。そのため店舗看板やポスター原画など、映画以外の仕事も手掛けている。

同館はシネコンで公開が終わった洋画を中心に3本立てで週替わり上映する。作品の入れ替えに合わせ、毎週火曜の夕方に妻の久美子さん(60)らとともに看板を掛け替える。作業後のお決まりは看板の写真撮影。上映が終わった看板には上から紙を貼り、新たな絵を描くことになる。八条さんは「惜しいなと思うこともある」と苦笑する。

それでも、自信作中の自信作はとっておく。最近だと米国の俳優、ブルース・ウィリスさんを描いたものが会心の出来だった。眺めると、どことなくゴッホの有名な自画像風だ。「筆の細かさと大胆さを大切にした」と誇らしげな八条さん。「もっとうまくなりたい。納得がいくまで筆は止めない」と目を輝かせる。

時折、弟子入り志願者も現れるが「仕事が少ないので難しい」と断ることにしている。だが八条さんは「映画看板がどうにか復活する方法があればいいが……」と本音も漏らす。今後、大阪の映画看板はどんな筋書きをたどるのだろうか。

(西原幹喜)

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