憲法と国際法の隙間

風見鶏
コラム(政治)
2019/9/1 2:00
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ちょうど1年ほど前の2018年9月、安倍晋三首相と石破茂元幹事長が自民党総裁選を争ったときのことだ。首相(党総裁)が石破氏との論戦に向けた準備で時間をかけたのは憲法改正、とりわけ9条だった。

集団的自衛権の行使容認を閣議決定し記者会見する安倍首相(2014年7月、首相官邸)

集団的自衛権の行使容認を閣議決定し記者会見する安倍首相(2014年7月、首相官邸)

「石破氏の主張のように9条2項を削除すれば、国際法が認めるフルスペックの集団的自衛権を行使できるようになってしまう。専守防衛を掲げてきた日本ではなくなるから『2項削除論』はダメです」。首相から携帯電話で意見を聞かれた自民党憲法改正推進本部の幹部はこう答えた。

話題は半年前の18年3月、同本部がつくった4項目の改憲案だった。9条に関しては1項、2項を維持して新たに自衛隊の合憲性を示す規定を設ける案だ。この時は石破氏が9条2項の削除を主張し、党内の合意が難航した。首相は総裁選で論争が再燃する可能性を念頭に、石破氏と対峙した幹部に反論法を尋ねた。

後日、推進本部の幹部は首相官邸の裏口を通って首相に会った。首相には「憲法改正論議について」と題したA4で4枚のメモを渡していた。推進本部の幹部が内閣法制局や若手の憲法学者らの意見を参考に、4項目への批判に対する反論例をまとめたものだ。

例えば石破氏は9条2項に書かれた「交戦権」について「交戦権の内容を詰めて使えるようにする」と発言したことがあった。メモは「交戦権は伝統的な戦時国際法の下での権利」と明記し、いまの国際法の概念ではないと指摘した。

ページをめくると「国際法上の不都合はない」「国際法上の自衛権に基づき」などの表現が続く。メモには改憲の根拠として「国際法」が頻繁に登場した。

自民党の戦後を振り返ると国際法と憲法9条の隙間を埋める歴史だとわかる。

1945年に発効した国連憲章は51条で個別的自衛権と集団的自衛権を各国の国際法上の「固有の権利」と定めた。一方、47年に施行した日本国憲法は9条で自衛権を明示していない。憲法は国際法より安全保障上の権利の範囲が狭い。

そのため終戦直後、政府は9条の解釈で個別的自衛権すら認めなかった。吉田茂首相は46年、国会で「自衛権の発動としての戦争も、交戦権も放棄した」と明言した。しかし50年には自ら「戦争放棄の趣意に徹することは決して自衛権を放棄することを意味するのではない」と表明し、その後の警察予備隊、保安隊、自衛隊の整備に道を開く。

国際情勢が緊迫し、米国も日本の再軍備を認めたためだった。9条の解釈が国際法に一歩、近づいた。

一方、集団的自衛権は国際法との隙間が長く埋まらなかった。政府は72年「集団的自衛権の行使は憲法上許されない」との見解を国会に提出した。「国際法上、権利を保有するが行使できない」という解釈が定着する。変わったのは憲法ができて70年近くたった2014年、安倍内閣が閣議決定で集団的自衛権を限定的に容認してからだ。翌15年にはその内容を具体化した安全保障関連法が成立した。国際法と9条の解釈の隙間は一気に狭まった。

戦後の高度成長を経て、日本は自衛隊の海外派遣などの国際貢献や同盟国・米国との連携を求められてきた。自衛隊の活動範囲を広げるなら、国際法と9条の隙間を狭めるしかない。自民党政権はその都度、安保や9条に関わる論戦で国際法を意識してきた。

昨年届いたメモはその後の安倍首相の発言に生かされている。今後の改憲論議の土台にもなるという。とはいえ党内論争だった総裁選から1年間、他党では国際法と憲法の隙間の議論は盛り上がってはいない。(政治部次長 佐藤理)

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