フォアグラ化するスタートアップ 調達額は適正か

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コラム(テクノロジー)
2019/9/2 2:00
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 テクノロジー分野のスタートアップ企業で巨額の資金を調達する傾向が一段と鮮明になっている。2018年の米スタートアップによる「メガラウンド(資金調達額が1億ドル以上の増資)」の件数は16年の3倍近くに増え、スタートアップに多額の資金を投じて肥大化させる「フォアグラ化」ともいえる状況が進んでいる。シリコンバレーの投資ブームは実態に即しているのかを検証するため、資金調達と売却時の評価額、株価の実績などを分析した。

ヘッジファンドや政府系ファンド、投資信託の運用会社など様々なタイプの投資家がこの傾向をあおっている。

日本経済新聞社は、スタートアップ企業やそれに投資するベンチャーキャピタルなどの動向を調査・分析する米CBインサイツ(ニューヨーク)と業務提携しています。同社の発行するスタートアップ企業やテクノロジーに関するリポートを日本語に翻訳し、日経電子版に週1回掲載しています。

なかでも、ソフトバンクグループの「ソフトバンク・ビジョン・ファンド」はこのニューノーマル(新常態)を体現する存在となっている。

運用資産が1000億ドルを超えるビジョン・ファンドは、不動産(米ウィーワーク〈WeWork〉や米オープンドア・ラボ〈OpenDoor Labs〉)や保険(米レモネード〈Lemonade〉)からバイオ技術(米ザイマージェン〈Zymergen〉)に至るまで、様々な分野のスタートアップに資金をふんだんに投じている。ソフトバンクによる米ライドシェア最大手ウーバーテクノロジーズへの上場前の投資額は何と77億ドルに上った。

ソフトバンクなどの参入により、メガラウンドはほぼ当たり前になった。

18年のメガラウンド件数は過去最高の184件に
(18年の米企業によるメガラウンドの件数は過去最高の184件。17年は120件、16年は66件だった)

18年のメガラウンド件数は過去最高の184件に
(18年の米企業によるメガラウンドの件数は過去最高の184件。17年は120件、16年は66件だった)

一方、従来のベンチャーキャピタル(VC)投資もますます大型化し、「豊富な資金」と「潤沢な資金供給を受けたスタートアップ」というこのサイクルに資金を投じている。

大手VCのセコイア・キャピタル、ニューエンタープライズアソシエイツ、アクセルはいずれもここ1年で、社内最大となる運用資産20億ドル超のファンドを立ち上げる方針を明らかにしている。セコイアの運用資産80億ドルの新たなファンドは、これまで最大だったファンドの4倍の運用資産を誇る。

本稿ではシリコンバレーの投資ブームが実態に即しているかどうかをさらによく見極めるため、CBインサイツのデータを活用し、13年以降に新規株式公開(IPO)か大企業への売却という「出口」を果たした米テクノロジー企業のうち、出口時点での評価額が1億ドル以上だった企業500社余りを分析した。

各社をVCからの調達額が1億ドル未満だった「調達額の少ない企業」と1億ドル以上だった「調達額の多い企業」とに分け、売却時の評価額や、新規株式公開(IPO)時や直後、長期での株価の実績を比較した。

■主なポイント

・VCからの調達額が最も多かった企業は、調達額が少なかった企業よりも上場後に株価が伸び悩む傾向にある。

・現に、調達額が最も多かった企業の大半は長期的な成長を達成できずにいる。

・出口での評価額や時価総額が大きかった企業には、VCからの調達額が1億ドル未満だった企業が多く含まれている。

・未公開企業による大規模な資金調達が一般化し、そして過度になるのに伴い、資金力の豊富な投資家から多額の出資を受けた企業のリターンは小さくなっている。

・潤沢な出資を受け、上場後も成功している米フェイスブックのような例外は、存続企業のみを対象にすることでデータが偏る「生存者バイアス」により大きな注目を集める傾向がある。

より深い分析へと読み進めて行こう。

■資金調達がいかに長期の企業業績に影響しているのか

シリコンバレーには調達額が比較的少ない企業にまつわる多くのサクセスストーリーがある。

対話アプリのワッツアップや、クラウドソフト開発のビーバ・システムズ(Veeva Systems)、ウエアラブル端末のフィットビット(Fitbit)、ネット通販のチューイー(Chewy)、サーモスタット製造のネストラボ(Nest Labs)、セキュリティー対策ソフト開発のパロアルトネットワークス(Palo Alto Networks)、さらにネットワーク機器のアリスタネットワークス(Arista Networks)などは、ネット通販のジェット・ドット・コム(Jet.com)や通信インフラのザヨ・グループ・ホールディングス(Zayo Group Holdings)に比べれば調達額がはるかに少ないが、高い評価額で出口を果たした。

この2種類の企業の実績の長期見通しを得るため、各社を累積調達額が1億ドル未満の「調達額が少ないグループ」と1億ドル以上の「調達額が多いグループ」に分け、各グループの短期と長期の株価の実績を分析した。

調達額が少ないグループの株価の伸びは総じて調達額が多いグループを上回った。調達額が少ないグループの上場後の株価上昇率の中央値は263%に達したが、多いグループは64%にとどまった。

累積調達額の多いスタートアップ、上場後の株価上昇率は低迷
(テクノロジー企業の10年以降の出口では、調達額の少ない企業の方が多い企業よりも上場後の株価上昇率が高い)

累積調達額の多いスタートアップ、上場後の株価上昇率は低迷
(テクノロジー企業の10年以降の出口では、調達額の少ない企業の方が多い企業よりも上場後の株価上昇率が高い)

例えば、調達額が多い企業のうち、出口での評価額が最も高かった11社中6社――写真・動画共有アプリ「スナップチャット」を運営するスナップ(Snap)、クーポン共同購入サイトのグルーポン、クラウドデータ保管・共有のドロップボックス、ゲーム会社のジンガ(Zynga)、オンライン融資仲介のレンディングクラブ(Lending Club)、住宅リフォーム向け融資のグリーンスカイ(GreenSky)――は、時価総額が上場時よりも減っている。時価総額が増えた企業でも、伸びは限定的だ。ツイッターとザヨの上昇率は100%に届かず、電子署名のドキュサイン(DocuSign)もわずかな上昇にとどまっている。

一方、調達額が少なかった企業の状況は大きく異なる。

調達額が1億ドル未満のうち、上場時の評価額が最も高かった9社中6社――ビーバ・システムズ、パロアルトネットワークス、業務支援クラウドサービスのサービスナウ(ServiceNow)、ビジネスインテリジェンス(BI)大手のタブローソフトウェア(TableauSoftware)、データ分析ソフト開発のスプランク(Splunk)、無線通信機器のユビキティ・ネットワークス(Ubiquiti Networks)――は、時価総額が上場時の3倍になった。サービスナウの時価総額は1900%弱、ユビキティ・ネットワークスは約800%それぞれ増えた。

■調達額が少ない企業も出口では健闘

調達額が多い方が出口での評価額も高いと仮定すると、テクノロジー企業の出口での評価額ランキングは数億ドルを調達した企業ばかりが占めると思うかもしれない。

ところが、12年以降に出口を果たした評価額上位50社のうち、32%が調達額1億ドル以下の企業だった。

出口での評価額上位の3割は調達額の少ない企業
(12年以降の出口での評価額上位50社のうち、約30%は調達額1億ドル以下の企業)

出口での評価額上位の3割は調達額の少ない企業
(12年以降の出口での評価額上位50社のうち、約30%は調達額1億ドル以下の企業)

こうした企業には、調達額はわずか400万ドルだったが上場時の時価総額は44億ドルに上ったビーバ・システムズなどがある。同社の最大の投資家だった米エマージェンスキャピタルの投資リターンは300倍になった。

米フェイスブックに220億ドルで買収されたワッツアップもこのグループに入る。ワッツアップの買収額はVCによる出資を受けた企業としては当時最大だったが、同社の調達額は6000万ドルにすぎなかった。

それでもなお、上場時の時価総額が最大級だった企業の大半は調達額の多いグループに属している。フェイスブックはその最たる例だ。

■出口での評価額が最も高かった企業のリターンは減少しつつある

今やスタートアップに多額の資金を投じているのはシリコンバレーのサンドヒルロード付近に集中するVCだけではない。運用資金1000億ドルのソフトバンク・ビジョン・ファンドや、サウジアラビアのパブリック・インベストメント・ファンド(PIF)などの政府系ファンド、米タイガー・グローバル・マネジメントといった投資家や、米ゴールドマン・サックスをはじめとする銀行も参入している。

こうした後発組はかなりの資金を投じても、何年も前の投資から巨額のリターンを得られるとは限らない。今や出口での評価額が高くても、その資金で大きな価値を生み出しにくくなっているため、評価額はかつてないほど高いが、リターンはそうでもない。

企業が投資家から調達した資金をどれほど株主への価値に結び付けられているかを示す指標の一つが、スタートアップへの投資額と出口での評価額との比率だ。これはその企業の投資効率を表している。

調達額は少ないが出口での評価額が高い場合には、投資効率は極めて高いという意味になる。ワッツアップやソフトウエア開発のアトラシアン(Atlassian)などがこうした企業の例だ。一方、スナップやビッグデータ分散処理ソフトのクラウデラ(Cloudera)など効率の低い企業は、調達額は多いが相応のリターンを生み出せていない。

ここ数年で、米スタートアップは驚くほど巨額の資金を調達するようになり、出口での評価額も高くなっている。だが、各社の出口での資本効率は、比較的高かった13~14年以降大きく落ち込んでいる。

調達額に対する出口での評価額の倍率は下がっている

調達額に対する出口での評価額の倍率は下がっている

この倍率は13年以降、出口での評価額が1億~10億ドル超に及ぶ全てのグループで下がったが、最も大きな打撃を受けているのは出口での評価額が最も高いグループだ。

足元では出口での評価額が5億~10億ドルと中・大規模のグループの方が、出口での評価額が10億ドル超だったグループよりも効率が高い。18年の中・大規模グループの平均リターンは8.9倍で、13年の9.7倍からやや下がった。

一方、出口での評価額が10億ドル超だったグループの同時期の平均リターンは16.1倍から6.9倍になり、わずか6年で57%下がった。これは調達額5億ドルの企業の売却額が80億ドルから34億5000万ドルに下がるほどの大きな違いだ。

■過剰投資は明らか

ベンチャーキャピタリストや資産運用の担当者、スタートアップの創業者は、調達額が多いほど良いという考え方にさほど疑問を感じていない。フェイスブックのような企業がもたらした目を見張るほどのリターンという分かりやすい上場後の成果を挙げ、彼らの行為を正当化する見方もある。

だが大半の分析では、調達額に比べてリターンが小さい売却案件や、VCから数億ドルを調達したが上場後の株価は低迷している企業の例などが見過ごされている。フェイスブックのような突出した事例によりシリコンバレー神話は一段と輝きが増しているため、こうした失敗例は見落とされる。

フェイスブックのような例外はあるものの、多くの企業は過剰な出資を受けている状態にある。石油・天然ガス会社サンドリッジ・エナジー(SandRidge Energy、上場時の時価総額は36億ドル、調達額は8億7000万ドル、以下同)、グリーンスカイ(43億ドル、6億1000万ドル)、ザヨ(45億ドル、8億2500万ドル)などはその例だ。

しかも、こうした過剰投資は増えている。18年に大型出口を果たした企業のうち、調達額が2億ドル超だった企業は12社だったが、17年は7社、13年は3社だった。

目下の問題はこの10年間にテクノロジー業界で相次いだ爆発的なリターンを狙い、スタートアップ投資に参入する投資家がますます増えていることだ。同時に、機関投資家もこの分野にこれまでにないほど多額の資金を投じており、スタートアップが調達資金を評価額の上昇に結び付けられなくなる兆候が表れている。調達額が最も多い企業が最も大きな影響を受けている。

シリコンバレーのメガラウンド熱は見直しが必要だ。できるだけ大量かつ迅速に資金を投じるのは、大型出口の方程式にはならないばかりか、公開市場での長期的な成功という面からみれば明らかに危険をはらんでいるからだ。

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