2019年9月24日(火)

遊郭建築、いかに継承 大和郡山の場合
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コラム(地域)
2019/8/22 7:01
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奈良県の城下町、大和郡山市に趣深い大正時代の木造3階建てがある。元は遊郭だった建物だ。女性の人権と尊厳が損なわれた「負の遺産」とみる向きもあるが、人々の様々な思いを踏まえ、現在は幅広い交流の場として活用されている。

奈良県大和郡山市の「町家物語館」。木造3階建てを覆う格子が印象的だ

奈良県大和郡山市の「町家物語館」。木造3階建てを覆う格子が印象的だ

同市の洞泉寺町にある「旧川本家住宅」を訪ねた。1階から3階まで全面を覆う格子が印象的だ。1924年に建てられ、当初の姿を今もほぼとどめる。階段を上ると2、3階に17の客間が並ぶ。ハート形の猪目(いのめ)窓など凝った意匠が目を引く。洗練された造りで、極彩色に飾られた一般的な遊郭建築とは趣を異にする。

2、3階に計17室の客間が並ぶ

2、3階に計17室の客間が並ぶ

客間。遊郭廃業後は下宿部屋となった

客間。遊郭廃業後は下宿部屋となった

■1年半で3万人

2018年1月からは「町家物語館」の名で無料公開されている。アート展や演劇など多彩なイベントにも利用され、入館者数は19年6月までに約3万人に上った。建物の来歴については、当時の料金表などの資料と共に玄関脇の一室にパネル展示するのみ。同市観光戦略室の植田早祐美室長は「遊郭だった歴史を隠してはいないが、前面に出してもいない」と説明する。

洞泉寺町にはかつて遊郭十数軒が立ち並び、文楽・歌舞伎の「義経千本桜」ゆかりの源九郎稲荷神社も鎮座。明治から昭和初期にかけて大層にぎわった。今も旧川本家住宅をはじめ遊郭建築が数軒現存し、特徴ある町並みをみせる。

売春防止法が施行されて1958年に同町の遊郭は一斉に廃業し、旧川本家住宅はしばらく下宿屋となった。取り壊しの話が出たのを機に市が買収したのは99年。同市文化財係長だった服部伊久男さんは「街の歴史を表す建物は油断するとすぐ消えてしまう。活用策は未定のまま、ひとまずストップをかけた」と話す。

ただ一般公開するには大修理が必要で、市の財政が厳しい折、長く閉ざしたままに。活用策の検討委員会が設置されて議論が本格化したのは9年後だった。

ハート形をした「猪目窓」。古くからある建築装飾だ

ハート形をした「猪目窓」。古くからある建築装飾だ

■学ぶきっかけに

「過去は過去。歴史の一部とみてほしい」。委員会の席上、人権問題への理解を巡って同町自治会長の中川圀昭さんはこう述べた。市に旧川本家住宅の保存を働きかけた一人だ。この町で代々飲食業を営み、遊郭街が廃絶した時は高校生だった。「遊郭経営者は次々と町外へ転出した。建物を壊すと耳にするたび訪ねては保存を頼んだが、『いい思い出がない』と言われると何も言えなくなった」

委員長だった近畿大の久隆浩教授(都市計画論)は「町のイメージづくり上、過去をあえてPRする必要はない」と語る。まずは建物の魅力を生かして多くの人が足を運ぶよう工夫し、一息置いて歴史や人権を考えてもらおう――。市内でまちづくり活動を展開する住民や学生のグループに建物の清掃やイベントでの利用を呼びかけ、社会実験的な限定公開を開始。2014年に国登録有形文化財となり、7800万円を投じた耐震工事を経て、常時公開へとつながった。

久教授は「保存は費用をかければ可能だが、活用は住民が自ら動かなければできない」と指摘する。

来館者の反応はどうか。ボランティアガイドの谷本良子さんによると、関東など遠方からも見学に来る一方「グループで訪れたものの『入れない』とひとり外で待つ人もいた。女性が涙した悲しい場所だからでは」という。「かつてこんな暮らしがあった。その証しを残さなければとの思いで案内している」と谷本さん。服部さんは「感じ方は人それぞれ。学びのきっかけ作りが大切だ」と話す。

遊郭の廃業と共に町のにぎわいは消え、源九郎稲荷の祭りも途絶えた。中川さんは1978年、白狐にふんした子供行列が練り歩く祭りを仲間と復活。今では春の風物詩になっている。「町の歴史を誇りにしているわけではない。だが愛着がある」と思いを語る。

(編集委員 竹内義治)

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