2019年9月23日(月)

英、合意なき離脱が不可避な理由(The Economist)

The Economist
2019/8/20 2:00
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大陸欧州の人々が、事を進めるのに英国の首相がわかりやすくて率直な性格だと最後に感じたのは1990年代後半だった。当時のブレア英首相は大陸の政治指導者を魅了した。仏語を話してフランス人を引きつけ、オランダでの欧州連合(EU)首脳会議では他の参加者とアムステルダムを自転車で駆け抜け、当時のシュレーダー独首相率いる社会民主主義など自分と同じ「第3の道」を歩む指導者と協調した。

ジョンソン氏は国民投票の際、偽情報で英国民を離脱にあおったとしてEU関係者から厳しい目で見られている(写真は当時)=ロイター

ジョンソン氏は国民投票の際、偽情報で英国民を離脱にあおったとしてEU関係者から厳しい目で見られている(写真は当時)=ロイター

当時「クール・ブリタニア」と称された英国の音楽やファッションが世界的に流行したこともあり、英国が大英帝国の解体に伴い抱えてきたわだかまりをついに捨て去り、近代欧州の一員としてのアイデンティティーを受け入れたかに見えた。

しかし、この英国の輝きは、ブレア氏が仏独の反対を押し切って米国とイラク戦争に踏み切った時に失われた。後任のブラウン、キャメロン、メイ各氏は彼ほどわかりやすくはなかった。3人ともEU首脳会議でこそ愛想は良かったが、英国のEUに懐疑的な大衆紙には迎合した。EU離脱を決めた国民投票後の2016年7月に就任したメイ氏は一体何者だったのだろう。一部のEU加盟国が最も可能性が高いとみていた2度目の国民投票実施を拒否する一方で、離脱派にも見えなかった。かつてのサッチャー首相のように強い「鉄の女」を演じたかと思えば、良識あるキリスト教民主主義者として振る舞う時もあった。だが様々な出来事に翻弄され、結局どんな首相だったのかわからないし、何か印象を残すこともなかった。

だがジョンソン新首相は違う。前任者らと異なり、欧州ではよく知られている。EU官僚の多くは、同氏が90年代にブリュッセル駐在の新聞記者として、EUについて様々な大げさな記事を書き、英メディアが欧州統合に懐疑的になる論調の先鞭(せんべん)をつけた頃から知っている。

■「典型的古い英国人」が交渉に落とす暗い影

2012年のロンドン五輪も彼を有名にした。当時ロンドン市長だった彼は、英国が初めて金メダルを取った際、それを祝おうとワイヤにぶら下がって急降下するロンドンのアトラクション、ジップラインを試みたが、滑降の途中、宙づりになってしまう。その写真は、道化じみた応援団長として外国メディアの注目を集めた。だが多くのEU関係者は、彼が国民投票に向けとんでもない離脱キャンペーンを展開した悪党として知っている。英国のEUへの拠出額を偽り、その金額を離脱派の真っ赤な広告バスの横に貼って全国を走らせ、信じがたいことに勝利を収めた。

ジョンソン氏はほかのことでもよく知られている。キャメロン首相は国民投票で、メイ首相はEUとの離脱交渉にさしたる準備もせず飛び込んで失敗したが、2人とも問題をしゃくし定規に扱ったことが敗因だった。対照的にジョンソン氏は離脱問題を物語にして、国民の感情に訴えている。これは、英国人が自らの主張を貫けるかが試されている問題であり、古代ギリシャの叙事詩「オデュッセイア」の主人公が怪物を倒しながら長い苦難の旅を続けたように、EUの連邦主義、過度な官僚支配、そして英経済の停滞という怪物との戦いなのだと位置付けている。

だが、欧州の評論家や政策決定者の彼への見方は違う。ジョンソン氏をブレア氏が葬ったはずの大英帝国きどりと自国第一主義のどうしようもない体現者だと思っている。

ジョンソン氏自身の自分の見せ方と、大陸側からの見え方を合わせれば彼は分かりやすい。つまり、ジョンソン氏は前任者らとは違い、彼がEU離脱を巡って交渉することになるEU側の担当者らが抱いてきた典型的英国人のイメージそのものということだ。

彼らは英国を、今もビクトリア朝時代の階級社会が色濃く残り、一般市民を見下している上流階級とさえない無産階級からなり、いくつもの奇妙な社会儀礼を今も守り、パブリックスクールを出た人々は自分たちの間でしか分からないユーモアを交わし、世界をまだ大英帝国時代のような感覚で旅行する人がいる国だとみている。

ブレア氏はわかりやすかった。少なくとも「英国は変わった」ことを最初は示せたかのようにみえた。ブラウン、キャメロン、メイの各氏は、典型的古い英国人という印象は与えなかったが、ジョンソン氏は、典型的古い英国人のイメージにぴったりあてはまるということだ。

これらすべての要素が、これから迫り来るEUとの対立に暗い影を落としている。

■ジョンソン首相は読みを誤っている

ジョンソン氏は、EU各国の首脳らがメイ氏と合意した離脱協定案の諸条件を変更しない限り彼らには会いに行かないとしている。アイルランドとEUの国境問題を一時的になしにする安全対策「バックストップ」の条項の削除を求めている。アイルランドと英領北アイルランドとの間に物理的な国境管理を復活させずに済む代替策が見つからない限り、バックストップにより英国はEUのルールに縛られ続けることになり、北アイルランドは英国よりもEUと近い関係となるからだ。

だがEUの加盟各国首脳を含むリーダーたちは、この件を解決済みだと考えている。従って、ジョンソン氏との会談は開かれていない。8月24日から始まる主要7カ国首脳会議(G7サミット)でメルケル独首相、マクロン仏大統領と会うのが同氏にとって初の首脳レベルの会談となる。英国は10月31日に離脱する予定だが、その前の10月17~18日にはEU首脳会議もある。

ジョンソン氏は現在、合意なき離脱に備え英国側の準備を加速させることで、EU側が無秩序な離脱で被るコストや混乱を避けようと妥協してくることに期待している。

だが、彼は読みを誤っている。EUの方が合意なき離脱に備えた準備が整っており、従って合意なき離脱になっても受ける打撃は少ない。EU各国の首脳は英国の離脱問題にうんざりしており、現在の離脱協定案は英国に寛大な内容だと考えている。バックストップによって、英国は加盟国に課される条件の一部を満たさなくても加盟に付随する利益の多くを享受できるからだ。加えて、再交渉に応じることで、既に薄れつつあるEU加盟国であることの価値がさらに低下しかねないような妥協には絶対に応じたくないとも考えている。EUの中には、特にフランスとEU本部は、英国を合意なき離脱という見せしめにする価値があると考えている。

■英国、「カオスに陥って初めて学ぶ」?

こうした背景から、ジョンソン氏が欧州の多くの人によく知られた存在だという事実は、3つの点で英国とEUの対立を一層深めている。

第1は、彼を知れば信頼のできない不誠実で一貫性のない人物だとわかることだ。

第2は、彼が自分を苦難に立ち向かうリーダーにみせようとする姿勢と、彼を悲劇の中の悪党だと批判する向きは、いずれも相手が問題だと判断しているため、事態を悪い方へと招きがちだ。このことはテクニカルな妥協による問題解決への余地を狭め、お互いが感情論に陥り、合意なき離脱という大災害の確率を高める。

第3にジョンソン氏は典型的英国人とされるだけに、交渉が決裂した際には、EU側にそれこそが決裂の原因だと弁解する余地を与えることになる。彼らは「英国は依然、階級社会で、大英帝国の時代が過ぎ去ったことから結局まだ立ち直れていない。我々とは違うわけで、合意なき離脱というカオスに陥ることで初めて自分たちの実態を認識するに至り、学ぶことさえできるかもしれない」と言うだろう。彼らからすれば少なくとも英首相については「知れば知るほど嫌いになる」ということだ。

(c)2019 The Economist Newspaper Limited. August 17, 2019 All rights reserved.

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