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W杯決勝の地・横浜 「発祥」の歴史刻む碑

ラグビーのある風景

9月20日に開幕するラグビーワールドカップ(W杯)で決勝の舞台となるのが横浜市だ。幕末の開港以降、様々な西洋文化が伝わりラグビーも例外でなかった。英国の駐留軍人らがこの地に「アジア最古」とされるクラブチームを設立したのは1866年。発祥の歴史を示す記念碑が近く、かつて居留地の一角だった同市の中華街に完成する。

記念碑が設立される山下町公園(横浜市中区)

体を組んで押し合う白人の男たち、その様子を和服やちょんまげ姿の人々が興味深そうに見つめる――。1874年に発行された英国の「ザ・グラフィック」に掲載された挿絵だ。

神奈川県ラグビー協会のイベント部会長、長井勉さん(70)によると、場所は現在の横浜公園(中区)とみられ、今のラグビーに近いルールで行われた試合だという。

横浜は日米修好通商条約に基づき1859年に開港、生糸などの貿易で栄えた。今の中華街がある中区山下町一帯などに外国人居留地ができ、多かったのが英国人だ。62年に同国商人の一行が殺傷された「生麦事件」が起き、軍隊も駐留させていた。

その軍人や居留民が中心となり、66年1月に「横浜フットボールクラブ」が山下町の居留地で設立された。ラグビーが生まれた英国では当時、ともに「フットボール」が源流のサッカーとの間で競技のすみ分けが進み始めたばかり。「設立時のメンバーには、フットボールが盛んだった同国の名門私立校の出身者もいたようだ」(長井さん)

記念碑に刻まれる英国誌の挿絵=YC&AC提供

だが、この歴史には長年光が当たってこなかった。日本のラグビーの起源は、1899年に慶応義塾の英国人講師が学生に教えたのが始まりというのが定説。その慶応の初の試合相手が、1868年に当初は外国人のクリケットクラブとして発足した「横浜カントリー&アスレティッククラブ」(YC&AC、中区)だった。

YC&ACは横浜フットボールクラブの流れをくむ。YC&ACでラグビーチームの主将を務めたマイク・ガルブレイスさん(72)は横浜のラグビーの歴史に興味を持ち、何年も前から横浜開港資料館で当時の英字新聞などを調べて回った。横浜フットボールクラブ設立の記事も見つけ、2015年には英国のワールド・ラグビー博物館から「アジア最古のラグビークラブ」に認定された。

長井さんらはこれらの事実を伝えようと、記念碑の建設計画を進めてきた。海外から多くの人が訪れる「W杯に間に合わせたい」と今春から寄付を募り約400のラグビーチームや法人、個人から集まった。碑には英誌に載った挿絵も刻まれ、中華街の公園に8月末にも完成予定だ。

横浜カントリー&アスレティッククラブ 細貝貞夫理事長

外国人のスポーツクラブとして始まったYC&ACだが、今や会員約700人の半数が日本人という。夏の盆踊り大会でグラウンドを開放するなど地域に根ざした活動を続けており、今の理事長を務める細貝貞夫さん(61)は「W杯でも観戦会を検討している」と話す。

市内の日産スタジアムでは決勝を含め、7試合が行われる。長井さんは「横浜に明治になる前から西洋人のラグビーチームがあり、発祥の地だったということを多くの人に知ってほしい」と思いを語った。

ラグビーW杯の開幕まで1カ月。全国の街とラグビーにまつわる物語を取り上げる。

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