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甘い球を仕留めるため…大谷も松井も変わらぬ修練

スポーツライター 丹羽政善

狭いトロントのビジターチームのクラブハウスだったことは覚えている。しかしあれは、2003年だったか、04年だったか。記憶が曖昧だが、試合前、松井秀喜(当時ヤンキース)にホームランに関連する話を聞いていた。

伏線はその前夜のこと。地元メディアの一人が、まだマイナーリーガーだったベーブ・ルースが1914年にプロ第1号を放ったのがトロントだったと教えてくれた。打球は場外へ消え、オンタリオ湖に沈んだ、と。

ルースの1号を追って小島へ

ハンラン・ポイント球場と呼ばれたその古いスタジアムは、遠い昔に取り壊されたというものの、ルースは当時、どんな景色を見たのか。その球場があった島へは街から小さな船が出ているというので、翌朝、カメラマンにも声をかけ、意気揚々と船に乗った。が、殺風景な島には野原が広がるのみ。痕跡も何もない。今は小さな案内看板が立っているそうだが、完全に無駄足となった。そもそも人がいない。昔はホテルがあり、遊園地もあったそうだが、時の流れは、にぎわいを消した。

8月10日のレッドソックス戦で適時打を放つ大谷。メジャー移籍後、初のフェンウェイ・パークへの遠征だった=USA TODAY Sports

それでも帰るとき、その逸話を知っているという船長から、「あのときのボールはあの辺に沈んでいると聞いたことがある」と教えられ、身を乗り出す。それはフェリー・ドックのすぐ近くだった。

「潜って捜そうとした人もいたみたいだけれど、見つかったとしても名前が書いてあるわけじゃないから、分かるわけないよな、誰のかなんて」

確かに、ルースしか場外へ打ったことがない、というならまだしも……。

午後になって球場へ向かい、トロントでのルースの逸話について松井と話をしているとき、流れでこんなことを聞いてみた。

1日に4~5回、打席に立つ。1打席で4~5球とすれば、1日で約20球の球を見ることになる。その内、1球ぐらいはホームランにできるボールがあるのか?

松井は即答だった。

「ありますよ」

続けて、苦笑しながら言った。

「それをホームランにできるかどうかは別ですけどね。打撃投手の球だって、全部ホームランにできるわけではないですから」

わずかな好球をいかに仕留めるか。打者が求めるものはおそらく、今も昔も変わらない。

初めてのボストンで見せた特大の一打

さて先日、大谷翔平(エンゼルス)がメジャー移籍してから初めて、フェンウェイ・パークを訪れた。くだんのルースがメジャーデビューした地だが、大谷が墓場から呼び起こしたのは、二刀流つながりのルースではなく、最後の4割打者として知られるテッド・ウィリアムズの方だった。

同球場の右翼席上段には、1席だけ赤いシートがある。ホームからの距離は502フィート(約153メートル)。46年6月9日、ウィリアムズの放った一発がそこに座っていた人の頭を直撃したという記録が残る。しかしながら、事実かどうかで、議論になったことも。一人として、そこまで飛ばすどころか、近くまで打つ選手すらいなかったからである。

「人間業じゃない……」

かつてレッドソックスでプレーし、通算541本塁打を放ったデビッド・オルティーズも懐疑的で、地元記者にそう漏らしたことがあるそうだが、なんと今回、打撃練習ではあるものの、大谷の放った打球が、赤いシートのやや左、5列ほど下に落下したという。それだけで騒ぎになったのは、ボストンのメディアやファンは、それまでの経緯を知っているからだが、結果として、ウィリアムズの一打の信ぴょう性が増すことになった。

ただ、このところ大谷のそんな豪快な一発が見られなくなって久しい。後半戦に入って、大谷の本塁打はわずか1本(8月16日現在)だ。

理由は様々だろう。相手はもはやまともに勝負してこない。例えば、カウントが2ボールとなる。これまでなら相手投手は真っすぐでストライクを取ろうとすることが多かったが、今や、変化球の割合が増えている。大谷を歩かせてもいいと考えているのだ。後半戦になって四球が増えているのは、偶然ではない。

同じ球でもどう見えるかは状態次第

では、ホームランを打てるようなボールをもう投げてこないのか。8月上旬のクリーブランド遠征で囲み取材があったとき、ふと、かつて松井と交わしたやり取りがよみがえった。大谷はどうなのだろう? そこで、1日で約20球のボールを見るとして、そのうち、1球ぐらいはホームランにできるボールがあるのか、と彼にも聞いてみた。

すると大谷の答えも松井同様、「ありますね」と肯定的だった。

では、その球をフェンスの向こう側へ運べるか否か。何がその差を分けるのか。その問いに対する大谷の答えが興味深かった。

「もちろん、ホームランにできるボールが来たからといって、ホームランにできるわけではない。そこが難しい。でも、『今の、打てたな』って思えるか、甘くても『やっぱり今のは打てなかったな、打てそうになかったな』って思うかは、自分の状態次第」

試合が終わって、映像を見返す。甘い球を打ち損じ、「今の、打てたな」と思えるときというのは、比較的状態がいいときのよう。逆に状態が悪ければ、ホームランボールでも、「今のは打てなかったな。打てそうになかったな」と感じるという。

同じ球でも自分の状態次第で違って映る。見方を変えれば、それが状態を知る彼なりのバロメーターなのかもしれない。そしてもちろん、そんな球が来た時は確実に仕留められるよう、修練の日々がある――いつの時代もそうであるように。

さて、冒頭で紹介したルースのプロ第1号だが、後に誰かが湖に潜って見つけ、銅で固めたものがスポーツバーに飾られた、という逸話がある。カナダの野球殿堂に飾られていたが盗まれた、という話もある。一方、地元紙「トロント・スター」は「客席に飛び込んだ」と報じ、湖に消えたとは伝えていない。

もはやその行方は謎だが、100年以上たった今も、人々の好奇心をかき立ててやまないことだけは、間違いない。

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