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本田圭佑に直談判 サッカー挫折した学生起業家の執念

ホームステイ仲介のダイバーシーズ 洪英高社長

ダイバーシーズの洪英高社長(写真右)とエンジニアのマーカス・ジャクソンさん

自宅の空いた部屋を使ってゲストが共同生活するホームステイのマッチングサービス「Homii(ホーミー)」。今年3月から始まったホーミーを運営するダイバーシーズ(東京・渋谷)の社長、洪英高さん(25)は同志社大学から米国に留学し、サッカーの本田圭佑選手の出資を得て起業した。サッカーに挫折した少年は、いかにして憧れのヒーローからの出資をとりつける起業家になったのか。

ホーミーのコンセプトは、「空いてる部屋でおうち留学」だ。ゲストとホストはホーミーに条件や家族構成、好きなこと、特技などを登録し、条件があった者同士をホーミーがマッチングする。ゲストが支払う「謝礼」を滞在が始まる前にホーミーが預かり、終了時にホストに渡す。ホーミーは手数料として謝礼の20%を受け取る。金額はホストが決めるが、相場は月5万円程度だ。

滞在期間は最短1カ月で、1カ月単位で設定する。ホスト宅での「共同生活」という扱いのため、旅館業法や住宅宿泊事業法(民泊新法)の対象外となるという。「ホストの子どもがゲストと仲良くなって英語が上手になったとか、ゲストが料理人で、おいしいご飯を作ってくれたとか、おうちで異文化交流がすでに始まっています」。スタートから半年足らずだが、ホストの掲載数は200を超え、ホスト宅で暮らすゲストは毎月数十人にのぼる。

サッカー挫折・2浪…コンプレックスから起業へ

自分を変えたくて大学を受け直した

起業を目指すようになったのは、2年浪人して同志社大学に入学したころだ。「承認欲求お化けみたいになっていた」。洪さんは当時をこう表現する。

小学生でサッカーを始め、近畿大学付属中学校に進学。同高校で全国レベルの強豪であるサッカー部に入った。しかし、レギュラーは遠かった。「努力してもレギュラーになれない洪くんというキャラが確立していた」。近畿大に進学したが、同じキャラがついて回った。自分を変えたくて、大学を受験し直すことを決めたが、1浪目は全敗した。

そんな洪さんを一部の友人は冷ややかに見た。「あいつは無理でしょ」とSNS(交流サイト)上で中傷されるというつらい経験もした。「人生で1番苦しかった1年間」という浪人2年目、同志社大学に合格した。

サッカーと受験で挫折ばかり味わっていた洪さんは、なんとかして大学で取り返してやると思っていた。そこで目を付けたのが起業だ。大学1年夏、人生初の海外旅行で米国シリコンバレーを訪ねた。

現地で企業を見学し、イベントに顔を出して「だれもが身近な人の問題をテクノロジーの力で解決しようとしているのを知った」。さらに、グーグル本社では、肌や髪の色なんて関係ない圧倒的な多様性を目の当たりにした。大阪のコリアンタウンの出身で、国籍問題で差別や中傷を受けた経験もある洪さんには、大きな衝撃だった。

本田圭佑選手の「ケガはチャンス」という言葉はダイバーシーズの理念にもなっている

シリコンバレーに留学する。そう決心し、官民協働の留学支援プログラム「トビタテ!留学JAPAN」に応募した。2年間、シリコンバレーでコミュニティーカレッジに通いながら現地スタートアップでインターンをし、起業につなげるというプランで合格した。大学2年は授業を前期に集中させ、後期は東京に出てきてプログラミング学習サービスで知られるプロゲート(東京・渋谷)でインターンをし、プログラミングの基礎を短期間で身につけた。大学2年の終わりに、シリコンバレーへ留学した。

憧れの本田圭佑選手に出資を直談判

最初に思いついたサービスは、留学希望者と経験者をマッチングするSNSだった。プログラミング技術を生かしSNSを作ったところ、トビタテ!の仲間を中心に利用者は1000人くらいにはなった。起業に向かって少し前進したなと思った頃、思いがけない出会いを洪さんは自分の手でつかみとった。サッカーの本田圭佑選手だ。

本田選手は洪さんにとってのヒーローだ。「大けがしたことを未来の自分をつくためのチャンスと捉える『ケガはチャンス』という名言は、そのまま僕の人生の指針であり、ダイバーシーズのコアバリューになっている」。だから、米国でもネットで本田氏の動向をチェックするのが日課になっていた。そこで、本田選手がサンフランシスコに来ることを知る。

本田圭佑氏が出資

「本田さん、僕に会いませんか?」。メッセージを送ったところ、翌日なら会えると返事が返ってきた。「留学生を増やして、世の中から差別を無くしたい!」。まだ起業もしていなかったが、洪さんは留学希望者向けのSNSのアイデアを必死で話した。そして思い切ってぶつけてみた。「僕は投資先としてどうですか?」。断られなかった。

必死で事業計画を作り上げ本田選手に見せた。メキシコまで会いに行ったこともある。最初の出会いから1カ月後、ついにこう言わしめた。「僕は洪さんに投資します」。会うたびに成長しているから。投資を決めた理由を、本田選手はこう語ったそうだ。

2017年9月に帰国後、すぐに留学生向けSNSを本格的に始動させた。まずメンバーを集めた。最高技術責任者(CTO)の三城瑛児さんとはSNSで知り合った。最高執行責任者(COO)の西原寛人さんは「トビタテ!」が縁だ。エンジニアはマーカス・ジャクソンさん。スタンフォード大学から同志社大に留学していたときに知り合った。

失敗したからこそできた方向転換

ダイバーシーズを起業したのは2018年1月。しかし「経営者として最悪の判断をしてしまった」と洪さんは振り返る。「プログラミングを構成しているコードをきれいに書き直すのに3、4カ月費やしてしまった」。留学生のSNSにニーズが本当にあるのかを考えることもなく、目の前のプログラミングしか見えなくなっていた。利用者は増えず資金も足りなくなった。自責の念にかられた。

しかし、洪さんには周囲の人に「放っておけない」と思わせる"巻き込み力"があるらしい。そんな状態でも、投資してくれる人が数人現れた。本田選手も激励に来て「ピボット(方向転換)を恐れるな」と声をかけた。「留学生向けSNSをやめ、方向転換する勇気がもてました」

留学時にお金がなく、学生寮を渡り歩いた経験が事業のヒントに

そのころ洪さんのなかで過去の経験が線でつながる瞬間があった。「住む場所」の問題だった。

上京したとき、「プログラミングを学ぶ」とSNSなどで表明したところ「僕の空き家を使って」という人が現れて、家賃無しで5カ月過ごせた。留学時は奨学金の支給が渡米に間に合わず、スタンフォード大の学生の寮の部屋を渡り歩き、3カ月しのいだ。さらに、米国内で旅行した際には、ホスト宅に無料でホームステイさせてもらう「カウチサーフィン」というサービスを利用した。ホストたちと星空を眺めながら語り合った時間は今も宝物だ。

「長期滞在するために来日する外国人が最初に直面する問題が住まい」と洪さんは指摘する。不動産情報はほとんどが日本語で、外国人だという理由だけで断られることも多い。そんな人たちを、ホスト宅で受け入れられたら……。長くもがいた日々を経て、ホーミーは生まれた。

「住む場所は挑戦の足場であり、人生を豊かにする。この思いを詰め込んだのが、ホーミーです。ホーミーを通じ人の輪が広がっているのは本当にワクワクする。起業の醍醐味です」と熱っぽく話す。しかし、すぐに表情を引き締めてこう続けるのだ。「でも、僕は起業を万人に勧めない。迷っているならしないほうがいい。死ぬほどつらいことの連続だから」。挫折と曲折を経た洪さんの、覚悟の大きさを見た気がした。

(藤原仁美)

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