先入観払う 気品の音色(音楽評)
テレマン協会「サリエリ復権」

関西タイムライン
コラム(地域)
2019/8/16 7:00
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大阪市中央公会堂は1918年に開館した国指定重要文化財である。7月だというのに細い雨が降る夕方、その中集会室で、日本テレマン協会第261回定期演奏会「サリエリ復権」を聴いた(7月18日)。

珍しいサリエリの作品を紹介した

珍しいサリエリの作品を紹介した

コンサートホールではない会場が、宮廷音楽に良く合う。アーチ状の天井にシャンデリア、平土間には400席程あるのだろうか、奏者と観客双方の息づかいが直に感じられる空間だ。演奏会のタイトルは物々しいが、かいつまむと以下のようになる。かの有名な戯曲や映画「アマデウス」において、ウィーンの宮廷楽長サリエリはひどい悪者に仕立てられたが、史実とは異なるので先入観を取り払い、彼の音楽を一度ゆっくり聴いてみよう、という趣旨。

用意周到なプログラムはモーツァルトの交響曲第25番で始まる。これは他でもない、映画「アマデウス」の冒頭で鳴り響く作品だ。それを、奏者の間からエネルギーが湧きあがるような演奏で、聴衆を音楽に集中させる。音楽にわしづかみにされたところで、次はサリエリのシンフォニア「ヴェネチア人」を聴く。初めて接するサリエリ作品は「宮廷」を彷彿(ほうふつ)とさせる気品に満ちている。ふわりとした行間は、演奏者へ委ねられた「場」だと感じた。音楽が固定されていない。これは次のピアノ協奏曲で際立つ。音楽を「譜面で判断する」ことが後世の価値観であることを再認識した。

だからこそ、2015年に発見されたモーツァルトとサリエリの合作カンタータ「オフィーリアの健康回復に寄せて」は興味深かった。作曲者が誰であるかに重きを置くのではなく音楽そのものを楽しむ。そんな在り方を教えてくれるサリエリであり、演奏会であった。

(関西学院大学准教授 小石 かつら)

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