50代の転職、「安定」より大切なモノは?

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社会・くらし
2019/10/5 2:00
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「希望されている会社に、あなたを必要とする仕事はありません」

2016年の夏、51歳で転職活動を始めた藤田啓治さん(仮名、54)は、年下の転職エージェントが言い放った言葉に愛想笑いを返すのが精いっぱいだった。苦労は覚悟していたつもりだが「打ちのめされる日々だった」と振り返る。

転職に向け、就職活動に関する本も手に取った

転職に向け、就職活動に関する本も手に取った

クビになったわけではない。年収は2千万円。名刺には東証1部上場企業の執行役員の肩書も付いた。だが、望んだはずの出世に達成感が伴わない。「『安定』を追い求めた末に今がある。でも、やりがいって何かなって」。執行役員として会社に残れるのはあと9年。50歳を過ぎて、焦りにも似た感情がこみ上げていた。

国立大工学部の学生だった1980年代後半はバブルの絶頂期。「この中から選んで」。就職活動を控え、教授室を訪ねると、日産オリンパスなど大手企業の社名が並ぶリストを示された。父親の事業が失敗し、貧乏をした経験から「やりたい仕事かどうかは二の次」と早々に就職先を決めた。

入社後は当然のようにモーレツ社員の仲間入りを果たした。「仕事は利益を得るための闘い」と割り切り、部下には「文句があるなら辞めれば」と迫った。海外事業を次々に成功させたが、仕事が楽しいと思ったことはない。38歳で妻と離婚。仕事に追われ「幸せにする自信を失っていた」。

サラリーマン人生の転機は思わぬ形でやってきた。課長職だった42歳の時、突然激しい腹痛に襲われ、うつ病と診断された。長年の激務とストレスで体が悲鳴を上げていた。自暴自棄になりかけた3カ月の休養期間を支えてくれたのが現在の妻。「あなたの心が健やかであることが一番」。弱音を吐ける相手を得て、人生の軸が変わり始めた。

復帰後、執行役員まで昇進したものの、決裁書類にひたすらはんこを押し、接待ゴルフの調整に追われる生活に限界を感じた。「自分を押し殺す暮らしはもうやめよう」。就活本を手に取り、中高年向けの就活塾に通い始めた。

「自己分析」で分かったのは教育への関心だ。だが、転職エージェントが薦めるのは前職に近い業種ばかり。「給料が下がっても構わない」と伝えたが「前の会社で問題があったと疑われる」と反対された。志望した他業種の2社は書類で落とされ、面接にすらたどり着けない。「転職しない方がいいと思います」。エージェントの言葉に心は揺れた。

妻に乳がんが見つかったのはそんなときだ。思い切って妻の実家がある茨城県に家を買い、地元の小さな会社で幹部の職を得た。年収は半分以下の700万円に下がるが、教育関連の新規事業を担当できる条件が魅力だった。

ところが、プロジェクトのゴーサインは一向に出ない。「余計なことをしないで」。突然現れたシニア幹部を警戒する社内からストップがかかり、社長に話しかけるだけで妬みの視線を感じた。お飾りのまま1年で退社した。

失意の中、「学習塾の新規事業の責任者に」と誘ってくれたのが旧知の会社経営者。何よりうれしかったのは50歳すぎの新人を社員たちが温かく迎えてくれたことだ。同じ失敗を繰り返すまい。若手社員に「教えてください」と頭を下げ、現場にも頻繁に顔を出した。「若者に学ぶことは何もないと考えていたが、今は刺激をもらっている」とはにかむ。

最近、妻から「やっと人らしくなってきたね」と笑われた。2度の転職で学んだことは人生は案外自由だということだ。「つまずいても『次のステージが開けるはずだ』と思える余裕ができた」。人生100年時代、まだ折り返し地点だ。

文 佐藤淳一郎

写真 中岡詩保子

ミドル世代の転職、5年で3割増 中小企業が注目
 「35歳限界説」がささやかれてきた転職市場だが、近年はミドル世代の市場が拡大している。総務省の労働力調査によると、2018年の転職者数は約329万人で8年連続増。年齢別では45歳以上が124万人で5年前に比べて3割以上増えた。
 日本人材紹介事業協会がまとめた人材紹介大手3社の紹介実績でも、18年10月~19年3月の41歳以上の転職者数は5028人で、前年同期に比べて40.4%増えた。

 人材サービス大手のエン・ジャパンが今年2月、35歳以上に行ったアンケート調査では、転職で実現したいことの1位は「給与・待遇のアップ」(60%)だが、「経験・能力が生かせるポジションへの転職」(58%)や「やりたい仕事ができる環境での就業」(44%)を求める回答も目立つ。
 同社の担当者は「バブル期に社会人となった40代後半から50代前半は近年、中小企業の需要が高い。大企業が大量採用した世代で、中小企業は人材確保に苦労した。事業承継やスキルの高いベテラン人材としての期待が高まっている」と分析する。

◇   ◇   ◇

多様化する働き方や社会の変化に戸惑いながらも、答えを探す人たちの群像を描きます。

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