秀吉が造らせた石垣か 滋賀・長浜城跡で発見

社会
2019/8/14 17:00
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羽柴(豊臣)秀吉が1574年ごろから築城した長浜城跡(滋賀県長浜市)で、秀吉が城主だった時期に造られた可能性がある石垣の一部が見つかった。長浜市が14日発表した。市によると、これまで想定されていた石垣の範囲の53メートル東側で、本丸の区画がより広かった可能性を示すという。

 長浜城跡から見つかった、羽柴(豊臣)秀吉が城主だった時期に造られた可能性がある石垣の一部(9日、滋賀県長浜市)=共同

長浜城跡から見つかった、羽柴(豊臣)秀吉が城主だった時期に造られた可能性がある石垣の一部(9日、滋賀県長浜市)=共同

秀吉が初めて築城したことから「出世城」として知られる。調査した中井均・滋賀県立大教授(考古学)は「ほとんど遺構が残っていない長浜城にとって、本丸の輪郭を知る上で重要な成果」と話している。

今年2月から9カ所を調査し、うち1カ所で石垣を確認。9個の石が並んでおり、石列は東端で南へ曲がっていた。石材の大きさは49~80センチ。石垣の基礎部分という。

石材の大きさが統一されていないことや、くさびを使って石材を割った痕跡がない特徴から、秀吉、柴田勝豊、山内一豊が城主だった1574~90年に絞り込めるという。勝豊が城主だったのは半年ほどだったことや、一豊も大規模な石垣を造るほどの石高ではなかったことから、秀吉の時期の可能性が高い。

長浜城は1615年に廃城となった後は、資材が彦根城(滋賀県彦根市)に再利用された。しかし、城の絵図などが残されていないため、不明な部分も多い。

17日午前10時半~正午に現地説明会がある。〔共同〕

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