御手洗冨士夫氏「品位あるラグビー、人間形成に一役」
ラグビーと私(1)キヤノン会長

――キヤノンは同好会だったチームをトップリーグの強豪に育てた。
「2007年、創立70周年のときだ。私は1995年に社長に就任したが、そのころには日本人社員数が7万人を超える大所帯になっていた。70周年を契機に連帯感を生み出すことをしたかった。そこで考えたのがスポーツの活用だった」
「どんなスポーツがいいのか。あれこれ思案し、販売会社にラグビー同好会があることに気づいた。それまでラグビーとは全く縁がなかったため、新鮮な気持ちでラグビーについていろいろと調べてみた。すると、非常に新しい発見があった」
――どんな発見があったのか。
「ラグビーには『憲章』がある。憲章を掲げるスポーツはラグビーぐらいだ。品位(インテグリティー)、情熱(パッション)、結束(ソリダリティー)、規律(ディシプリン)、尊重(リスペクト)の5つ。特に私が気に入っているのは品位だ。ラグビーにはスピリチュアルな側面があり、人間形成に役立つ。社員教育にもつながると考え、会社の正式なチームとして同好会の強化を決めた」
「15人の選手はそれぞれ決まった役割を忠実に守り、一致団結してプレーする。ワン・フォー・オール、オール・フォー・ワンの精神も素晴らしい。審判には絶対服従で規律を守り、試合が終わればノーサイドで互いの健闘をたたえ合う。勝利に向けた戦略を組み立て、作戦を繰り出し、プレーには決断力も求められる。世界一流の試合を観戦すると、妙な言い方だが、ラグビーにはスポーツとしての風格すら感じる。非常に感動し、すっかりはまりこんだ」
――質実剛健な経営と家族主義を貫くキヤノンの経営と、ラグビーの精神の相性は良い。
「ぴったりだ。5つの憲章は経営にも通じる。これだ、と思った。キヤノンには健康第一主義や実力主義など人間尊重を社是として掲げ、口だけでなく実行に移してきた歴史がある。例えば、レントゲンを用いた健康診断は日本で先駆けて実施した。創業以来、社員のストライキが一度も起きていない。経営と社員が非常に近いのがキヤノンの特徴だ」
「そういう会社で人が大きく増えたとき、みんなが集えるスポーツが必要だった。ラグビーを取り入れたのは必然だった。今では1000人以上の社員がキヤノンイーグルスの応援に毎試合、駆け付けている。社員がラグビーに親しみ、共通の楽しみになった」

――観戦の楽しみは?
「戦略とパス回しに注目している。ショートパスを回しながら、集団でインゴールになだれ込む姿はとても美しい。野球のような個人のファインプレーも感動を与えるが、ラグビーのような集団のファインプレーもある。言い換えれば、集団の連係の美しさだ。トライという目的に向かって、集団が知恵と力を結集する。そこに感動を覚える」
――W杯の組織委員会会長を引き受けた。
「日本ラグビーフットボール協会の森喜朗元会長以下、ラグビーを世界に広めたいという情熱と執念に共感した。ラグビーは英連邦王国やフランス、イタリアなど伝統国で普及する一方、人口が44億人もいるアジアで浸透していない。伝統国以外でのW杯開催は初めて。W杯は日本はもちろん、アジアにラグビーを広めるきっかけになる」
「当初、本当に日本でW杯開催を成功できるのか、という不安はあった。だが、政府、議員、地方自治体、芸能界、そして経済界とオールジャパンで準備し、成功に向けて盛り上げてきた。経済界の寄付金は実に30億円を超えた。スポーツで30億円以上の寄付はそう集まるものではない」
――日本でのラグビーW杯開催の意義は。
「2つある。現実的にまず経済効果が大きい。北海道から九州まで、1カ月半にわたり開かれる。訪日外国人客の長期滞在が期待され、地方の活性化に役立つ。組織委員会は昨年3月の調査で経済効果は4300億円とはじいたが、今はそれ以上を期待できる。もう一つは日本の国際化につながる。特に子供たちが、外国に触れられる何よりのチャンスになる」
――W杯でどのような遺産を残したいか。
「ぜひ、子供たちに大会を通じてラグビーに興味を抱いてほしい。これを契機に、草の根でラグビーを楽しめるさまざまな仕組みをつくってもらいたい。素晴らしさを伝え、ラグビー人口を増やしていく。世界はグローバリゼーションで小さくなり、これから彼らはインターナショナルな世界で生きる。ラグビーを通じて世界を知り、人間を磨けば、人生は豊かになる。これは願いだ」
――今後、ラグビーとの関わりは。
「組織委員会の会長としての役割はW杯の閉幕で終わる。だが、私はすっかり、ラグビーにはまりこんだ。スポーツは何でもトップを目指さないといけない。しかも、私は負けず嫌いだ。キヤノンイーグルスの勝利に向けて尻をたたきたい」
(聞き手は星正道)
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