長崎、被爆十字架に平和祈り 犠牲者悼み灯籠流す

2019/8/9 21:00
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長崎の街には9日午後も市民らの核兵器廃絶の願いが広がり、慰霊の灯が爆心地近くの川を照らした。

浦上川で平和を願い流された灯籠(9日夕、長崎市)=共同

浦上川で平和を願い流された灯籠(9日夕、長崎市)=共同

信徒約8500人が犠牲になった長崎市の浦上天主堂では夕方のミサで、米国側から7日に返還された旧浦上天主堂の「被爆十字架」を公開。信徒らがたいまつを持ち、頭部だけが焼け残った「被爆マリア像」を先頭に、天主堂から平和公園までの約1キロを練り歩いた。

ミサと行列に参加した被爆2世の前田万葉枢機卿(70)は「二度と戦争をしないようにと心を込めた」と話した。

平和を願い浦上川へ流す灯籠を見つめる子ども(9日夕、長崎市)=共同

平和を願い浦上川へ流す灯籠を見つめる子ども(9日夕、長崎市)=共同

「いつまでもみんななかよし」「せんそうはいや」。夜には原爆で負傷した人々が水を求めた浦上川に、平和を願う灯籠があふれた。多くの児童が犠牲になった市立城山小1年の西村優志君(6)は「平和な世界になりますようにと願って作った」と灯籠を見つめた。

うだるような暑さの中、被爆者は自らの体験を伝えた。「ここで犠牲になった人たちのことを忘れないでください」。爆心地から約1.1キロの兵器工場で被爆した長崎市の早崎猪之助さん(88)は、平和公園で汗をぬぐいながら若者や観光客らに声を掛け、当時の悲惨な光景を話し続けた。

工場では30人以上が死亡し、自身が助かったことに後ろめたさもあった。つらい記憶を伝えるのは「一人でも多くの人に原爆の脅威を知ってもらうことが、命を落とした同僚や上司への追悼になる」と考えるからだ。「被爆し、逃げ惑う人たちは人間の姿をしていなかった。あの記憶が消えることはない」と険しい表情で振り返った。〔共同〕

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