2019年9月21日(土)

秘伝のタレで甘く苦く、歌姫ゆかりの豚丼
北海道・食の王国

2019/8/9 20:00
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観光客やカップルでにぎわうJR札幌駅のすぐ近くに、30年近く名物の豚丼を提供し続けてきた人気店がある。豚丼のタレを焦がすことでにじみ出る甘さと苦みに魅了され、昼食時にはサラリーマンらの注文が絶えない。人気の豚丼のルーツは、歌手の中島みゆきさんがかつて足しげく通った喫茶店にあった。

豚肉に店オリジナルのタレを絡ませて作る豚丼は多くの人に愛されてきた(札幌市内の味処あずま)

豚肉に店オリジナルのタレを絡ませて作る豚丼は多くの人に愛されてきた(札幌市内の味処あずま)

札幌駅南口から駅前通地下歩行空間(チカホ)を通って脇のビルに入ると、地下1階の飲食店街の端に古めかしい店構えで「味処あずま」があった。カウンター16席のこぢんまりとした店の看板やメニューにはうどんの文字が多く並ぶが、一番人気は豚丼だ。

あずまを経営する東昇さんは同店を開業する前、駅の北側にある北海道大学の正門近くで喫茶店「ライフ」を営んでいた。この店は、藤女子大の学生だった歌手の中島みゆきさんが頻繁に訪れていた場所として知られている。

東さんの喫茶店は中島さんの「店の名はライフ」という歌の舞台にもなった。歌詞の「二枚目マスター」が東さんのことだ。当時を知る人によれば、大学生の中島さんはよく喫茶店に顔を出し、店主らが忙しそうな時は店の仕事を手伝っていたという。

東さんは1974年にそれまでの店主から喫茶店の切り盛りを任されてまもなく、以前から好きだった豚丼をメニューに加えた。この時も店を訪れていた中島さんが豚丼を注文したかは定かではないが、その後は北大周辺に飲食店が増えて喫茶店の経営も苦しくなった。東さんはやむなく喫茶店をたたみ、92年に現在の場所で「あずま」を開いた。

当初はうどん専門店として始めた店だったが、東さんは大好きな豚丼も復活させた。本場、十勝地方に何度も足を運んで味の研究と改良を重ね、甘さと苦みを両立させる独特な味わいにたどりついた。

後を引くこの味付けに固定ファンがつき、豚丼は次第に人気を集めるようになった。今では、店を訪れるお客の6割が豚丼関連のメニューを頼むという。

豚丼は継ぎ足し継ぎ足ししてきた秘伝のタレが自慢。酒やしょうゆ、砂糖などの材料を決まった分量だけ入れて3~4時間煮詰める。出来上がった甘めのタレは、厨房の中央に置かれた茶色のつぼへ。開業以来つぼのタレを空にしたことはなく、代々受け継がれてきた味に時間が深みをくわえてきた。

苦みを引き出すための焼き方にもこだわりがある。豚肉を焼く前にタレを鍋底に広げて加熱する。焦げ目がつきそうになったところに、絶妙なタイミングで豚肉を乗せて焼き始める。タレを足しながら10枚程度の豚肉を4分ほどかけて手早く焼きあげていく。

白米は「おぼろづき」など北海道産米3種をブレンドしたものを使っている。白米を盛った丼に焦げたタレも絡め取るようにして盛りつけると、豚肉は炭火で焼き上げたかのように焦げ茶色に色づいていた。

東さんは「食べる人が嫌みに感じない程度に苦みを出す工夫をしている。この味に慣れてくるとはまり出す人が多い」と自信を見せる。

今や世界の歌姫となった中島さんは、澄んだ歌声だけでなく少し苦みを散らした歌詞でもファンを魅了し続けてきた。知られざる縁のある中島さんの記憶と共に、豚丼も歩んでいく。

(塩崎健太郎)

ゆかりの店、札幌で今も人気
 中島みゆきさんが通っていた店は、今も札幌市内に残っている。その1つが北海道大から創成川を越えた先にある喫茶店「ミルク」。中島さんはホットココアをよく飲んだという。同店は今でも中島さんのファンらが集う人気店だ。
 経営者の前田重和さんは1970年に始めたフォークコンサートで、当時「北大フォークソング研究会」に所属していた中島さんの歌声に衝撃を受けた。デビューした中島さんも札幌でコンサートがあるとミルクを訪ねてきた。
 ある日、前田さんが注文の入った飲み物を作るため厨房で氷を割っていると、カウンターに座っていた中島さんの服に氷の破片が飛んでしまった。この描写が中島さんの「ミルク32」という曲の歌詞になっている。
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