まるで漫画「寄生獣」 ハリガネムシの恐るべき一生
神戸大学 群集生態学 佐藤拓哉(2)

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宿主を操り、自らに都合のよい行動を取らせる寄生虫がいる。聞いただけで気持ち悪いが、そんな寄生虫であるハリガネムシと宿主の異常行動を、森と川の生態系の中に位置づけて研究し、次々と成果をあげている佐藤拓哉さんの研究フィールドに行ってみた!(文 川端裕人、写真 的野弘路)
ある意味、強烈な存在であるカマドウマと森で出会った。
その森に招いてくれた神戸大学の佐藤拓哉准教授は、「僕の研究室はフィールド」という生態学者であり、「我が研究のフルコースを味わってください」とばかりに、森の中の「好奇心のレストラン」に導いてくれた。そして、こってりと味わい深くカマドウマについて語ってくださった。
しかし、それは前菜。
今回は、主菜に登場いただく。
カマドウマに寄生するハリガネムシだ。
かなり嫌われ者昆虫であるらしいカマドウマで嫌な気分になった方には申し訳ないが、さらに衝撃的かもしれない生き物である。
この時期に水辺で出会うカマドウマは、腹の中にハリガネムシを養っている可能性がある。しかし、実際に水に飛び込んで、ハリガネムシが出てくる瞬間に出会うには運が必要なので、ここはすでに脱出した後のハリガネムシを探すことにした。
水の中でゆらゆら細長いものが揺れていたり、蠢いていたりするのを、注意深く見ていく。動いているものを見つけやすい水たまりに目を凝らしたり、たも網で小魚などを捕るいわゆる「ガサガサ」の要領で水中の枝や葉をすくいあげたりしつつ探した。
4つめか、5つめかの水たまりで、とうとういた。

ハリガネムシとはよく言ったもので、体長30~40センチ。その名の通り非常にハリガネっぽい。表面はクチクラでできており、甲虫の体表面に似たかんじでもある。
しかし、なんというか。
水中でクネクネしているのを見るとどきっとするし、陸上にあげて蠢いているのを見ても非常に異質な生き物だ。
「これはオスなんですが、先端が二股になっているの、わかりますか。二股になってクルッと巻いてる内側に排せつ孔みたいな穴が開いていて、そこから精包を出します。メスの方はぱっと見て分かる生殖器ではなくて、精包を受け取る時に、マンガの『寄生獣』みたいに先端がバコッって開くんです。そこから、オスの精包をボコボコボコッって吸い込んで受精させるっていう、もう恐ろしいことがおきます」
佐藤さんの語り口に、いやがおうにも想像力が刺激され、ぼくはたいそう恐ろしくなった。実際、寄生虫であるハリガネムシの異形の身体の先端が、『寄生獣』みたいに開くというのはどういうことなのか。出来すぎだ。
そこまで「異形」であるハリガネムシは、生物学的にはどんな生き物なのか。
「近い生き物はというと、線虫の仲間なんですよ。類線形虫類って言われまして、線虫類から進化して分かれたような分類群の生き物です。淡水にも海水にもいるんですけど、海にいるやつは生活史がほとんどわかっていません。カニのおなかのハカマの中から出てきたりするんですけどね。一方で、陸のやつはわりと目につきやすいので、世界中に今326種記載されています。実際には、もっといて、2000種以上はいるんじゃないかという話もあります。日本のもので記載されているのは14種です」
ハリガネムシというのはぱっと見たところ、無個性だ。単に細長い。体表のクチクラの構造や雄の排泄腔の形状などで分類されてきたのだそうだが、とうていすべての種には手が回っていないというのが現状。
「僕たちも、遺伝子なんか使って、どういう種が渓流にいるか見始めたんですけど、そうするとここのような小さな川の中からだけでも、7種、8種とかいうハリガネムシの種が出てきたりします。遺伝子のマーカーで見ても結構離れていて、これだけ違ったら遺伝的に交われないんじゃないかっていうようなやつです。なんで何種類もが小さな川で共存できるのかとか、わからないことがますます増えてしまって」
それでも、生活史については、だいたい同じであるらしい。佐藤さんに、ざっくりとした「ハリガネムシの一生」を語っていただいた。

「川に成体が出てきたところから始めます。オスとメスがいるので、どうやってか相手を探し当てなければならないんですが、その方法はまだ分かりません。とにかく、クネクネときれいな動きをしているのを見ます。あれは、泳いでいるんやと思います。それでオスとメスが出会うと、クルクル巻き付きあって、オスは精子の詰まった嚢(=のう、精胞)をあげて、それがメスに入ると。そして、メスがバババッと、糸くずみたいな受精卵の塊(卵塊)を大量に生むんです」
この瞬間が、前に言及した『寄生獣』的な、メスのさきっぽがパカッと割れる時だ。
「糸くずみたいな卵塊は、大体1カ月、2カ月ぐらいかけて卵の中でちっちゃなイモムシみたいなのものになるんですよ。そのイモムシは実はちょっと変わった性質を持っていて、体の先端にノコギリみたいなのが付いてるんです。そのノコギリを出し入れすることができるようになっていて、ふ化するとワラワラと川底で蠢きます。川の中のいろんな小さな有機物を吸い取ってエサにしている漉(こ)し取り食者っていうタイプの水生昆虫が、それを取り込むんです。取り込まれると、ノコギリで腸管の中をグズグズ掘り進んでいって、腹の中で『シスト』という状態になります。自分の体を折りたたんで、自分で殻をつくって、完全に眠ってしまうとマイナス30℃に冷凍しても死なない休眠状態です」


水生昆虫の「漉(こ)し取り食者」の中には、カゲロウやユスリカといった、成長すると川から出て飛び立つ者もいる。
「春になると、ワーッと羽化して陸に飛んでいきますよね。おなかにシストを持ったまま陸域に飛んで、結構川の近くで死ぬんですね。渓流釣りする方とかだとよく見かけていると思います。そうするとカマドウマは森の中から夜な夜な出てきて、落ちている水生昆虫をいっぱい拾い食いしていくんです」
これでやっと、ハリガネムシがカマドウマまでたどり着いたことになる。
「今までの研究では、カマドウマみたいな陸域の消費者であっても、川の資源に依存して暮らしているというふうに言われてきました。でも、この場合は、実はそれは毒リンゴみたいな感じで、食べてしまうと寄生されて、2~3カ月の間におなかの中でヒモみたいにボワーッと成長して、下手すると30~40センチもの長さになっている。成長したハリガネムシは産卵したいわけですが、そのためには水に帰らなければならない。それで行動を操作するんです。脳にある種のタンパク質を注入すると言われています。それでカマドウマが飛び込むと、おしりからムニューっと脱出して、ぐるりと生活史が1周したことになりますね」
水生昆虫やら、カマドウマやら、様々な宿主を渡り歩いて、最終的には生活史をぐるりと1周回す。寄生虫の面目躍如(?)である。
ここで興味深いのは、やはりカマドウマに寄生した後で、水に帰る方法だ。行動を操作するというのだが、はたして何をしたらそんなことが可能なのだろう。

(2014年10月 ナショナルジオグラフィック日本版サイトから転載)
1979年、大阪府生まれ。神戸大学理学部生物学科および大学院理学研究科生物学専攻生物多様性講座准教授。博士(学術)。在来サケ科魚類の保全生態学および寄生者が紡ぐ森林-河川生態系の相互作用が主な研究テーマ。2002年、近畿大学農学部水産学科卒業。2007年、三重大学大学院生物資源学研究科博士後期課程修了。以後、三重大学大学院生物資源学研究科非常勤研究職員、奈良女子大学共生科学研究センター、京都大学フィールド科学教育センター日本学術振興会特別研究員(SPD)、京都大学白眉センター特定助教、ブリティッシュコロンビア大学森林学客員教授を経て、2013年6月より現職。日本生態学会「宮地賞」をはじめ、「四手井綱英記念賞」、「笹川科学研究奨励賞」、「信州フィールド科学賞」などを受賞している。
1964年、兵庫県明石市生まれ。千葉県千葉市育ち。文筆家。小説作品に、『川の名前』(ハヤカワ文庫JA)、『天空の約束』(集英社文庫)、NHKでアニメ化された「銀河へキックオフ」の原作『銀河のワールドカップ』(集英社文庫)とその"サイドB"としてブラインドサッカーの世界を描いた『太陽ときみの声』(朝日学生新聞社)など。
本連載からのスピンアウトである、ホモ・サピエンス以前のアジアの人類史に関する最新の知見をまとめた近著『我々はなぜ我々だけなのか アジアから消えた多様な「人類」たち』(講談社ブルーバックス)で、第34回講談社科学出版賞と科学ジャーナリスト賞2018を受賞。ほかに「睡眠学」の回に書き下ろしと修正を加えてまとめた『8時間睡眠のウソ。 日本人の眠り、8つの新常識』(集英社文庫)、宇宙論研究の最前線で活躍する天文学者小松英一郎氏との共著『宇宙の始まり、そして終わり』(日経プレミアシリーズ)もある。近著は、世界の動物園のお手本と評されるニューヨーク、ブロンクス動物園の展示部門をけん引する日本人デザイナー、本田公夫との共著『動物園から未来を変える』(亜紀書房)。ブログ「カワバタヒロトのブログ」。ツイッターアカウント@Rsider。有料メルマガ「秘密基地からハッシン!」を配信中。
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