「大卒型人生」からの転落 依存症に陥った人たち
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コラム(ビジネス)
2019/8/13 4:30
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「非大卒より大卒型の人生モデルの方が幸福になれる」という日本社会に広がる常識。1989年に25%だった大学進学率は、平成の30年を経て50%超へと倍増した。しかし、大学が必ずしも幸せの人生の扉を開けてくれるわけではない。大卒型人生モデルから「転落」した人たちを紹介する。

長久保貴司さん(49)はアルコール依存症と向き合って四半世紀になる。その間、3度の入退院を繰り返し、1年ほど前からは千葉県館山市の館山ダルクで、依存症のメンバーやスタッフとの共同生活を送っている。1年半近くはお酒から離れているが、飲んだらどうなってしまうのか、という不安が離れることはない。

■「足がたくさんあるエイリアン」で3度目の入院

飲酒によって、これまで人に迷惑をかけたことはないという。ただ、2年ほど前の体験談は、思い出しても怖気(おぞけ)立つ。「エイリアンが見えた。足がたくさんある生物のようなものだった。これは危ないと思い、3度目の入院をした」。長久保さんが好むのはウイスキー。ストレートであおる日々を繰り返した先で、ついに見えた幻覚だった。

長久保さんは山梨県の公立大学、都留文科大学の出身だ。大学では英文学を専攻。高校時代の成績は学内トップクラスで、推薦枠で大学に進んだ。深酒するようになったのは4年で卒業できず、留年した頃からだ。趣味のロック音楽を聴きながら、ウイスキーのグラスを傾ける。「1人でいる時間が長くなり、お酒にはまっていった」

6年で大学を卒業し、東京都内のペットグッズ専門店に就職した頃まではまだましだった。だが、お金が手に入ったことでお酒との距離は大学時代より近くなり、徐々に歯止めが利かなくなった。30代前半で転職した半導体会社では、深夜までの勤務が続いた。「人間関係でストレスが増えた」ことが、さらなる酒浸り生活を招いた。

お酒に人生が引きずられることを、長久保さんは黙って見ていたわけではない。生活リズムを見直そうと、精神科病院を訪ね、何度も仕事を変えて、いい環境を求めた。50歳を前にして一念発起してダルクの門をたたいたのは「育ててくれた感謝の証しとして、高齢になった親をきちんとみとることだけはしたいから」だ。

覚せい剤の依存者も多く生活するダルクにおいて、アルコール依存症の長久保さんは「軽い」の部類に入るという。「体調が悪い人を見ていると刺激を受ける」といい、最近は仲間の世話役に回ることもある。大学時代に磨いた英語力には今も自信を持っている。その強みを生かすためにも、立ち直りへの道を探している。

大学進学から正社員という「大卒型人生モデル」を歩みながら、お酒との関係が徐々に深まったことで泥沼に滑り込んでしまった長久保さん。今特集の取材では、あるダルクで、大学に進んだものの受験ストレスが影響し、急転落する人生を送ってきた人にも出会った。学生時代から覚せい剤にはまったBさん(47)だ。

作家を志していたBさんは高校時代、早稲田大学を目指して猛勉強する日々を過ごした。早大には合格したが、「勉強のし過ぎで精神的に厳しくなり対人恐怖症になってしまった」。人に触れるのが怖く、通学の電車に乗れない。大学の授業から取り残され、自己嫌悪が自己否定へとつながり、ついには自分の手首をハンダごてで傷つけるなど自己破壊に発展したという。

気を病む日々を送っていた20歳の頃、手を出してしまったのが覚せい剤だった。「髪の毛が逆立ち、気分がぶっ飛んだ。こんなものがあるのだと思った」。自分を咎める気持ちは「対人恐怖症の軽減」と言い訳をつけて抑えたという。だが、薬はBさんの精神を、さらに、確実にむしばんでいった。

■路上で気に食わない他人をナイフで刺す

そして、大事件を起こした。路上で気に食わなかった他人の行動に因縁をつけ、向かってきた相手の男性を、持っていたサバイバルナイフで刺したのだ。一度ではなく、上にまたがって、何度も。相手の男性が大事に至らなかったことで殺人者にはならなかったが、その後も覚せい剤から抜け出そうとはしなかった。

それ以降のBさんの人生経験は聞くに堪えない。「車を盗んだ」「彼女の浮気相手の男の家を放火して全焼させた」「新宿2丁目で男性相手に体を売って稼いでいた」などだ。

一度はまともな人生に戻ろうとした。30歳を前に子供ができ、結婚して、工場の夜勤社員として働き始めたときのことだ。32歳で初めて正社員の職も得たが、そこで「妻の浮気と借金問題が発覚した」。住宅の頭金にする予定だった貯金も使い込まれており、またもや覚せい剤に走ったという。

素行がおかしくなったことで、せっかく得た正社員のポストはクビ。インターネットでの薬物取引記録から足がつき、麻薬取締官に追いかけられた。母親の貴金属を売って作ったお金を「脱法ハーブ」など薬代と酒代に当てていたが、ついに堕落した生活から抜け出すべく、5年前から各地のダルクを訪ね歩くようになった。

早大在学中に文壇デビューすることが、Bさんが描いていた「人生理想図」だったという。だが、その道を歩めない現実に出くわしたためか、いつしか「世の中の逆を行くことに必死になって弱者に正義があるように思っていた」。精神的に追い込まれ、まっとうな判断力を失った。その入り口は、人生設定の無理と過度な気負いにあったのかもしれない。

館山ダルクの十枝代表もかつて覚せい剤依存に苦しんだ(記者撮影)

館山ダルクの十枝代表もかつて覚せい剤依存に苦しんだ(記者撮影)

「依存症になってしまった人は脳の報酬系の機能が壊れてしまう。自分の意思でコントロールできなくなる」。自身も薬物依存に苦しんだ過去を持つ館山ダルクの十枝晃太郎代表はこう話す。「嫌なことがあると、酒や覚せい剤を使ってしまう。一瞬にして快楽が手に入ることを体が知っていて、手っ取り早い成功体験の繰り返しを求めるからだ」

大卒型人生モデルだろうと、非大卒型人生モデルだろうと、人生の落とし穴はあちこちにある。そして、ストレスフルな環境があふれるほど、それに出くわす回数が増えるのは疑いない。日本全国で、アルコール依存症の患者は200万人を超えているという。薬物は論外だが、彼らの「転落」のストーリーは、そう遠い世界の話ではない。

(日経ビジネス 北西厚一、山田宏逸、大西綾、白井咲貴)

[日経ビジネス電子版 2019年8月13日の記事を再構成]

 日経ビジネスの8月12日号特集「見直せ 学歴分断社会」では、目には見えない学歴分断線の実態を分析し、個人がより幸福になるため、企業がより成長するために「新しい学歴・経歴との向き合い方」を提示している。

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