2019年9月21日(土)

人情噺の桂福団治、芸歴60年に語る曲折と意欲
文化の風

関西タイムライン
コラム(地域)
2019/8/9 7:01
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上方落語界の最古参、桂福団治(78)が芸歴60年を迎えた。破天荒な若手時代から曲折を経て「人情噺(ばなし)の福団治」と呼ばれる名手に。聴覚に障害のある人でも楽しめる手話落語の開発・普及にも取り組み、挑戦を繰り返してきた。10月の記念公演を前に落語家人生を振り返ってもらった。

――上方落語は江戸に比べ、人情噺が口演されることは少なかった。

「大阪は笑いが好まれる土地柄。確かに上方落語に人情噺は少ないが、(大阪で発展した)浄瑠璃には人情物が多いし、人の情で泣かせる物語に魅力を感じるのは全国共通だ。東京の師匠方にも教えてもらってやり続けてきた。上方の若手もたくさん僕のところに稽古に来て、上方でも珍しくなくなったのはうれしい」

■笑いと涙は表裏

――人情噺の魅力とは。

「笑いと涙は時計の振り子、表裏一体だということ。声帯ポリープで一時声を失ったのをきっかけに手話落語を始め、様々な人たちと出会った。まだ8歳だった次男を病で失った経験もあって笑いと涙の関係が骨の髄まで入ってきた。若いときにはまだ本当の意味では人情噺がわかっていなかったと思う」

――1960年、上方落語四天王の一人、三代目桂春団治に入門。若手時代から古典にとらわれない挑戦も数多い。

「ダジャレを交えた小話にペケペンと合いの手を入れる『ペケペン落語』。ウケたけど師匠には2年だけ自由にやらせてくださいと話して、古典に戻った」

「(同時期に入門し破天荒な芸風で知られた故・桂)枝雀さんとも『落語は額縁芸能。額の中で掘り下げていくもんや』とよく話した。古典の世界を守っていくためには、その時代の大衆に合わせた新しいチャレンジが必要になる。ペケペン落語も人情噺も、そう考えて取り組んできた」

■古典を守る思い

――次世代への継承に対する思いも強い。

「先輩方から伝えてもらった大好きな古典落語の世界を守っていくことが自分の核にある。自分が人情噺を上方でやり続けてこられたのも諸先輩方のおかげ」

「(得意とする人情噺の)『藪(やぶ)入り』は入門して間もない頃に東京で先代の故・三遊亭金馬師匠に勉強させてもらった。金馬師匠がにこっと笑って『いずれ上方でおやりなさい』と言われたことをはっきり覚えている。それを(故・桂)米朝師匠に話したら『忘れんように。入れとけよ頭に』と。10年ほどたって福団治を襲名した時に米朝師匠が『ぼちぼちやってもええのとちゃうか』と言われて、人情噺が広がっていった。こうして先輩方から伝わってきたものを次に伝えたいと思ってやってきた」

――上方落語を取り巻く環境も変わりました。

「入門してからテレビの時代になり始めた。一方通行のテレビの世界が強くなって、噺家がしゃべって客が反応を返す落語という芸が過去の物になるという危機感が強くあった。今では天満天神繁昌亭ができて噺家の数も増えて落語ファンも生き返り、危機感を抱かなくてもよくなった。師弟関係の変化とか気にかかることはあるけれども」

――10月の記念公演では得意の人情噺「ねずみ穴」と随談「顧みますれば」を口演する予定です。

「『ねずみ穴』は故・立川談志さんの家で10日間習って上方に持ち帰ってきた一番思い出深いネタ。『顧みますれば』はペケペンから手話、人情噺まですべてを盛り込んで修業時代から60年の体験談を落語仕立てにする。落語は個人プレーだけれども、その中に先達から受け継いでいくべきものがある。自分が次の世代に伝えたいものをここに残したい」

(聞き手は佐藤洋輔)

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