日本コカ・コーラ、米本社が売らない酒を売るワケ
グロービス経営大学院・嶋田毅教授が読み解く

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コラム(ビジネス)
2019/8/9 4:30
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清涼飲料大手の日本コカ・コーラが、本格的に缶チューハイ事業をスタートすることになりました。コカ・コーラグループとしても、アルコールを扱うのはおよそ35年ぶりになります。その狙いは何でしょうか。この事業拡大は「筋の良いもの」なのでしょうか。グロービス経営大学院の嶋田毅教授が、ビジネススクールで学ぶフレームワーク「アンゾフのマトリクス」の観点と、ブランド戦略の観点から解説します。

【解説ポイント】
・成長へ新分野開拓が欠かせず
・清涼飲料のノウハウ生かしやすく
・ブランドイメージとの両立課題に

【関連記事】コカ・コーラ、酒類全国展開 酎ハイを秋に

なぜチューハイ事業なのか

2018年5月、日本コカ・コーラはチューハイの製造販売を九州地区で実験的にスタートしました。ブランドは「檸檬堂」と名付けられ、異なる味・アルコール度数を持つ4種のレモンチューハイが発売されました。そして記事にもあるように、一定の成功を収めたことから、2019年秋より全国展開することになったのです。

清涼飲料は「飲みたい時が買いたい時」という製品特性ゆえ、圧倒的な自動販売機数が日本コカ・コーラの高いシェアを長年支えていました。しかし、消費者が清涼飲料を買う場所は次第にコンビニやスーパーへと移り、販売チャネルの中で自動販売機の販売数量は25%程度にまで激減しました。また、サントリー食品インターナショナルの猛烈な追い上げもあって、業界トップの座も安泰とは言えません。日本コカ・コーラにとっては、清涼飲料の市場シェアを維持する一方で、さらなる成長のために新分野を開拓することは大きな課題だったのです。

そこで目をつけたのがチューハイです。昨今、消費者のビール離れが進む中で、チューハイは逆に市場を拡大しています。一方、ウイスキーはサントリーが強すぎることに加え、良いものを提供しようとすると時間が必要となる、日本酒は分散事業でその気になれば参入はできるものの、労働集約的であり、コカ・コーラの強みを十分に生かしきれないなどの問題がありました。

その点、チューハイは、以下のようにメリットの大きな商品です。

(1)清涼飲料事業で培った果汁のノウハウを生かしやすい
(2)販売チャネルのうちコンビニやスーパーはシナジーを効かせやすい部分が大
(3)蒸留酒(スピリッツ)は他のアルコール飲料に比べ、生産や品質管理などの面で比較的手掛けやすい。資本集約的な側面も大
(4)圧倒的ブランドが存在しない。売り上げ規模もある程度は重要だが、ニッチでも戦いやすい
(5)フレーバーやアルコール度数、果汁の入れ方などで差別化しやすい。また、いったんブランドを構築できれば、他のフレーバーなどにも展開しやすい

アンゾフのマトリクスで言えば、「既存市場」(ただし未成年は除く)×「新商品」のセルへの成長を目指したものと言えるでしょう。

また、新事業の筋の良さを検討するための「魅力度」×「優位性構築可能性」マトリクスでも、右上の好ましいセルに入れる可能性は高かったと思われます。

ただ、これは日本コカ・コーラの立場からの議論です。コカ・コーラは、アメリカに本社を持つグローバルカンパニーですから、その観点からの考察も加えてみましょう。

なぜこれまでアルコールをほぼ手掛けなかったのか

筆者は今からおよそ20年前、日本コカ・コーラのある上級管理職の方に「サッポロビールを買収してビール事業に参入するという考えはないのですか?」と聞いたことがあります。答えはこうでした。「悪くはないアイデアですが、アトランタ(本社)がイエスとは言わないでしょう。スカッと爽やかコカ・コーラですから」

つまり、コカ・コーラは清涼飲料の会社であり、アルコールとは一定の距離を置くというのが当時のコカ・コーラ社の考え方だったようです。その深い理由は想像の域を出ませんが、清涼飲料だけでも成長余地があることに加え、アメリカ独自のアルコールに対する見方も影響しているものと思われます。

アメリカの酒類販売は日本に比べるとやや厳しく、年齢確認できるIDがないと買えなかったり、深夜のアルコール販売が規制されている州もあります。また、アメリカはアルコール中毒が問題となっている国でもあり、有名スターはアルコールのCMには出ないという慣習がありました。昨年、米プロバスケットボールNBAと米大リーグ(MLB)の選手会がアンハイザー・ブッシュ・インベブ(バドワイザーで有名なビール会社)とマーケティング契約を結び、およそ60年ぶりに選手がCMに登場したことが大きな話題となったくらいです。

グローバルカンパニーの新製品開発は、もちろん国別のニーズに応える必要はありますが、全世界に横展開できるに越したことはありません。その方が規模の経済性を効かせやすいからです。

しかし、上記の事情、さらには嗜好性の高い飲食品ということを考えると、日本で仮にチューハイ事業が成功したとしても、少なくともアメリカですぐに横展開するのは難しいでしょう。とすると、次はヨーロッパやアジア諸国での展開となりそうです。ただここでも、日本のチューハイがそのまま受け入れられるわけではありません。商品開発は国や地域ごととなる可能性が高そうです。その意味で、規模の経済性はある程度捨て、是々非々での判断となりそうです。

アルコールを扱うことはブランド的に「あり」なのか?

昨今では、企業のコーポレート・ブランドは、企業理念と7割程度は重なるとされています。そのくらい、企業ブランドは経営マターに近くなっています。アルコールへの展開は、コカ・コーラのブランドに影響しないのでしょうか。

コカ・コーラのミッション・ステートメントは下記のようになっています。

これを見ると、コカ・コーラはもともとアルコールを自ら放棄している会社ではありません。にもかかわらず長年これを避けてきたのは、やはり暗黙の前提に基づく自己規制と言えるでしょう。

では、日本、そしてヨーロッパ、アジアなどでアルコール事業が成功を収め、仮に10%程度の売り上げを占めるようになったらアメリカ本社はどう動くのでしょうか。それを理由にアメリカでもアルコール事業を大々的に始めるかもしれませんし、逆に「あれは海外の話だから」と相変わらず米国内では清涼飲料にフォーカスするかもしれません。大きな議論を呼びそうです。

グローバル経営の泰斗であるパンカジ・ゲマワット教授の著書に『コークの味は国ごとに違うべきか』という名著がありますが、それになぞらえれば、まさに「コカ・コーラのブランドイメージは国ごとに違うべきか」という課題に直面するわけです。

コカ・コーラは、投資の神様ことウォーレン・バフェット率いるバークシャー・ハザウェイが、長年ポートフォリオの上位に置いてきた銘柄としても知られます。つまり、常に成長と安定収益が期待されているのです。

そうした中、今まで通りグローバルレベル、そしてお膝元のアメリカの両方において、好ましいブランドイメージを維持しつつ、一方でアルコールというややデリケートなビジネスに成長の活路を求めようとしていることは、実は日本コカ・コーラの経営課題にとどまらない、非常に重要な実験とも言えるのです。

アンゾフのマトリクス」についてもっと知りたい方はこちらhttps://hodai.globis.co.jp/courses/5dd9c070(「グロービス学び放題」のサイトに移ります)

しまだ・つよし
グロービス電子出版発行人兼編集長、出版局編集長、グロービス経営大学院教授。88年東大理学部卒業、90年同大学院理学系研究科修士課程修了。戦略系コンサルティングファーム、外資系メーカーを経て95年グロービスに入社。累計160万部を超えるベストセラー「グロービスMBAシリーズ」のプロデューサーも務める。動画サービス「グロービス学び放題」を監修

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