未来の移動 片側空けの原点?(古今東西万博考)
1970年・大阪 動く歩道

関西タイムライン
2019/8/6 7:00
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阪急梅田駅(大阪市)で毎日多くの人が利用する動く歩道。駅の移転に伴い、1967年に国内で初めて海外製が設置された。その利便性が評価され、今では空港や国際展示場などの施設に導入されている。普及のきっかけは70年の大阪万博だ。動く歩道「トラベーター」に乗って50年後の日本を体験するという三菱グループの「三菱未来館」の展示は大きな話題となった。

動く歩道は大阪万博をきっかけに普及した(納入時の阪急梅田駅)

動く歩道は大阪万博をきっかけに普及した(納入時の阪急梅田駅)

工場で使うベルトコンベヤーを人の輸送に使えれば――。アイデアは古くからあり、1900年のパリ万博で両脇の手すりのない動く歩道が登場した。だが安全面などが課題となり、米国で実用化されるまで50年以上を要した。

三菱電機は58年にエスカレーターの技術や構造を応用して国内初の試作機を製作。当時の日本には安全基準がなく、米国を例に手探りで開発を進め、万博での実用化にこぎつけた。松山二郎エスカレーター製造部長は「万博では未来を感じる演出に加え、大人数の輸送にも効果的だった」と話す。混雑緩和にも役立ち、73年に国産初として梅田駅に納入した。

実は大阪万博が残したものがもう一つある。エスカレーターなどで右側に立つ大阪特有の慣習だ。松山さんは「ロンドンなどを参考に急いでいる人のために左側を空けるよう会場でアナウンスしたことが由来では」と話す。

近年はスロープのように傾斜した動く歩道を見かけるようになった。買い物用カートの底にある突起と、動く歩道の溝がかみ合って滑らないように工夫したものも登場している。万博で示した未来の移動手段は今も進化しながら市民の移動を支えている。

(伊藤大輔)

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