競馬実況アナ日記

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敗れた後に湧いた特別な思い 追悼ディープインパクト

2019/8/3 5:30
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2005年5月、日本ダービーを制した武豊騎乗のディープインパクト=共同

2005年5月、日本ダービーを制した武豊騎乗のディープインパクト=共同

ディープインパクトが死んだ。あの、ディープインパクトが。「史上最強馬はどの馬か?」と問われたら、私も多くの方と同様、間髪を入れず、迷うことなく、ディープインパクトと答える。わずか2年の競走生活でG1を7勝、それも圧勝ばかり。種牡馬となった後も、多くの名馬をターフに送り出し、まさにここ十数年の日本の競馬は、ディープインパクトが席巻し続けている。7月30日(火曜)に突然届いた訃報。一つの時代の終わりを感じたと同時に、自然と、多くの事が思い出される。今日は実況アナウンサーとしての、私のディープインパクトに関する思い出を、紹介したいと思う。

ディープインパクトが3冠を達成した2005年、私は入社9年目で、実況アナウンサーとしては、まだまだこれからの段階だった。大出遅れを挽回して圧勝した皐月賞の時は、実況する先輩アナの横でレース展開を記録する役回りだった。後方から、徐々に大外を回ってポジションを押し上げたところまではしっかり把握していたのだが、直線に向き、気づいた時には先頭に立っていた。

いつ先頭に躍り出たのか、まったくわからなかったし、気づけなかった。こんなことは、この仕事を長年していて、そうそうあることではない。その末脚に、そしてその強さに、当時の私は経験したことの無い、とてつもなく強い衝撃を受けた。そのせいか、お祭り騒ぎとなっていた日本ダービーや菊花賞は、割と引いた眼で見ていたように思うし、感情が入ることはまったくなかった。同時に、こんなスーパーホースの走りを実況することなど、自分にはまったく縁の無い話だと思っていた。当時は雲の上の存在だったのだ。

初実況はまさかの凱旋門賞

だが、入社10年目の翌06年。私はディープインパクトのレースを実況する機会を得た。最初のそれが、フランスで行われる凱旋門賞だった。

あのディープインパクトが参戦するという事で、日本国内は、夏から早くも大変な盛り上がり。ラジオ中継に併せて、私もあるツアーの案内役として参加したが、現地観戦ツアーも数多く組まれ、テレビの一般番組でも、ディープインパクトの空輸に使用されるカーゴが取り上げられたりもした。それまでとは、また近年のそれとも、まるで違うフィーバーぶり。そしていつしか、「絶対勝てる」「ディープなら必ず勝ってくれるはず」というムード一色に染まっていた。

だが、結果は違った。レイルリンク、プライドに次ぐ3着入線、それも初めて後ろからかわされて。舞台は凱旋門賞である。簡単なレースであるはずがない。ハーツクライが参戦して3着だった同年7月の英G1、「キングジョージ」も現地で実況し、ヨーロッパの超一流レースを勝つことがどれほど難しいか、様々な要素から、何となくだが肌で感じていた私は、ただただ仕方ないと思っていた。

だが、帰国してみると、期待が大き過ぎたせいか、人々の落胆ぶりは想像を超えていた。そして後日、禁止薬物判明で失格。今度は一気に悪役に転じた。手のひらを返したような扱いに、私は怒りすら覚えた。そして初めて、ディープインパクトに対し、特別な感情を抱くようになった。

そんな中で迎えた2度目の実況はジャパンカップ、ディープインパクトの帰国初戦だった。東京競馬場には、ジャパンカップとしては2000年以降で最多となる約12万人が集まったが、人数に比例せず、朝から不思議な静けさに包まれていた。普段のジャパンカップ、普段のG1当日のそれとは明らかに違うムードが、競馬場全体に漂っていた。

帰国初戦を快勝、場内に漂った安堵感

そして迎えたレース。これまで幾度も我々が目にしてきた通り、後方追走から大外を回って進出し、直線で抜け出したディープインパクト。ゴールの瞬間、凱旋門賞からここまでのことが色々浮かび、私はとっさに「全てを振り切って、ディープインパクトゴールイン」と実況していた。現役競走馬に対し、私情を挟むことは基本的にない(ようにしている)のだが、この時ばかりは心から「良かったな」と思いながら実況していた。

そして場内も、何とも言えぬ安堵感に包まれていたように感じた。あの場にいた誰もが「良かった、ディープはやはりディープだった」――そんな事を思っていたのかもしれない。後にも先にも、あのような空気を競馬場で感じた事はないし、おそらく今後もないのではないか。それくらい、特別な1日だった。

昨年の凱旋門賞の本馬場入場。今年は父ディープインパクトの雪辱を期して2頭の産駒が参戦を予定している

昨年の凱旋門賞の本馬場入場。今年は父ディープインパクトの雪辱を期して2頭の産駒が参戦を予定している

その数年後、クラシック3冠全レースを実況させていただくようになった最初の年に、ディープインパクトの子供がデビューした。その年こそ、ステイゴールドの子・オルフェーヴルが3冠を達成したが、以後は毎年のように、ディープの子供たちの活躍を伝える事になった。

特にキズナの勝った13年のダービーは、これまでで、実況しながら聴こえてくる場内の歓声が最も大きく感じられたレースであり、またその結末に、場内が最も祝福ムードに包まれたように感じたレースでもあった。ディープインパクトの子供を駆り、豪快な末脚での大外一気、完全復活を堂々アピールした武豊騎手。あの日の府中も、忘れられない、特別な1日だ。

日本中が、それぞれのディープインパクトを自然に思い出したであろう今週。これからも、まだまだディープインパクトの子供が、孫が、ターフを沸かせてくれる。凱旋門賞もあと2カ月後に迫り、ダービー馬ロジャーバローズ、天皇賞馬フィエールマンと、その血を受け継ぐ馬が今年も参戦する。改めて、その偉大さに敬意を払いつつ、これからも競馬を楽しみたい。ただただ、ご冥福をお祈りします。

(ラジオNIKKEIアナウンサー 中野雷太)

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