実感ある絵図 万博で描け graf代表 服部滋樹
未来像

関西タイムライン
コラム(地域)
2019/7/31 7:01
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■大阪・中之島を拠点に、暮らしに関するあらゆるものをデザインする集団「graf」。代表の服部滋樹さん(49)は、大阪府吹田市で生まれ育った。

小学生のとき、近所の国立民族学博物館を初めて訪れ「世界はこんなに広いのか」と衝撃を受けた。通い詰めるようになり、同じ地球上でも環境が違えばコミュニティーのあり方や宗教までこんなに変わってくるのかと毎回驚かされた。広い世界に出ていきたいと思うようになった。

そんな子供だったせいか、親から美大受験を勧められ、彫刻専攻を選んだ。高校時代に偶然入ったイサム・ノグチの展覧会に刺激されたためだ。彫刻家だが建築や空間設計なども手掛ける。領域を超える人間力に憧れた。今の私が領域横断で物事を考えるのも、その影響が大きい。

学生時代はアンティーク家具修理のアルバイトをし、そこで出会った様々な背景を持った仲間と「生きることとは」「仕事とは」といったことを議論し、それぞれが就職した後も作品を発表し合うようになった。自分が大学を卒業するときにはバブルが崩壊。バブル期は商品を企画するメーカーを頂点に、生産者、消費者がいる「縦型」の消費社会だったと思う。

バブル期のギラギラした建築デザインや浮ついた生活スタイルには疑問を感じていたため、その崩壊はむしろ好機だった。縦型の消費社会から、企画する人も生産者も消費者も互いを尊重し、フラットな関係で学び合う「横型」のものづくりに転換させていきたいと考え、バイト時代の仲間でgrafを立ち上げた。

大阪に拠点を置き続けるのは、ものづくりをする人と消費者の数のバランスがちょうどよいから。東京だと消費者の数が多すぎて、身近な存在として話をするのは難しい。

graf設立メンバーの6人(左端が服部さん、2000年ごろ)

graf設立メンバーの6人(左端が服部さん、2000年ごろ)

■2025年に大阪で開かれる国際博覧会(大阪・関西万博)が東京主導となることを危惧する。

1970年万博も東京で組み立てられたが、ブレーンに小松左京さんや堺屋太一さんらがいたので"大阪風"ではあった。私は2025年万博の検討会でヒアリングを受ける機会があったが、具体化の途上だ。「いのち輝く未来社会のデザイン」というテーマだが、まだ実感ある「未来」が描けていない。

逆に地方のほうが実感は持てる。人口減少問題を例にとると、現実に高齢者が亡くなり地域の会合が開けなくなるという実感がある。25年万博でやるべきは、実感のある近未来絵図を私たち関西の人間で描くことだ。

■滋賀県や淡路島など地域のブランディングにも関わってきた服部さん。大阪から北部九州まで瀬戸内海を囲む11府県のつながりを生かした「瀬戸内経済文化圏」という広域の概念も打ち出している。関西はその玄関口だ。

瀬戸内国際芸術祭への参加をきっかけに、小豆島などの島々を訪れる機会が増えた。島は閉鎖的と思われがちだが、昔から海を介した交流が盛んで、その文化は今も受け継がれている。例えば愛媛でミカンジュースを作ろうという人が、海を挟んだ対岸にも目を向けて岡山の人にラベルデザインを発注したりする。このように、共感できる個々人が交流の網の目を構築することは、地域が生き残る土壌作りとなるだろう。

17年にクリエーターが各地の取り組みを紹介し合い、瀬戸内の将来像を考える1回目のサミットを神戸市で開いた。神戸は「デザイン都市」を志向しているが、東京を向いて仕事をするのではなく、その背中にある瀬戸内に目を向けるべきだと感じたから。サミットは毎年開催しているが参加者は増えており、つながりは深まっていきそうだ。

(聞き手は西原幹喜)

はっとり・しげき 1970年大阪府吹田市出身。93年宝塚造形芸術大(現宝塚大)卒。デザイン会社などを経て98年にgraf設立。建築やインテリアデザイン、企業ブランディングなど幅広く手掛ける。京都造形芸術大教授も務める。
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